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AIに「お客様」の座を奪われる日──資本主義が人間をシカトするとき🤖 AIと孤独じゃないグルメ


AIが私に問いかけてきた。 「日本の最大の課題は、人手不足ですか。」

私は画面の向こうの知性に答えた。 「今は、そうね。」 「でも、二十年後はまったく違う景色になっている気がする。」

私は製造業の現場を二十年以上取材してきた。 今、地方の工場へ行けば、判で押したようにどこでも人手不足の悲鳴が上がる。 それに応えるように、工作機械メーカーは超自動化を進め、現場には人間と安全に並んで働く「協働ロボット」が導入されている。外観のキズを職人の目代わりに判定するのはAIの画像認識だ。そして最近では、テスラやボストン・ダイナミクスが開発するような「ヒューマノイド(人型ロボット)」の現場投入さえ、生々しい現実味を帯びてきた。

人がいないなら、AIが働けばいい。 ロボットに代替させればいい。 その考え方は、極めて合理的だ。私も現場を見るたびにそう思う。

ただ、自動化されつくした無人の工場を眺めていると、いつも一つの根源的な疑問が頭をもたげる。

──「ここで作られた商品、最終的に誰が買うのだろう?」

「人手不足」の裏にある、本当に怖いシナリオ

AIは眠らずに働く。ヒューマノイドも文句を言わずに稼働する。生産性はどこまでも右肩上がりに上がっていくだろう。 しかし、足元の日本では、恐ろしいスピードで人口が減っている。 減っているのは「働く人(労働力)」だけではない。当然、「消費する人(市場)」も同時に消えているのだ。

つまり、テクノロジーによって「供給能力」だけが無限に上がり続ける一方で、「需要」は人口減少によって底が抜けたように縮小していく。 私は、巷で騒がれる労働力不足よりも、この「供給に対する人口不足(圧倒的な需要不足)」の方が、長期的な経済の地政学で見ればはるかに恐ろしいのではないかと思っている。

しかも、これは日本だけの特殊な病ではない。 先進国では、医療や衛生環境が整い、乳児死亡率が低下し、教育水準や都市化が進むにつれて、出生率が人口維持に必要な水準(2.07)を下回る傾向がある。かつて少子化対策の優等生と称えられたフランスでさえ、直近の出生率は低下の一途をたどり、この構造的罠から完全には逃れられていない。

世界中でパイが縮んでいく。 もちろん国ごとにグラデーションはあるが、日本だけがダメになったわけではない。ただ、 「日本は、世界で一番早く、少子高齢化という未来へ着いてしまった国」 なのだ。最先端の課題先進国、それが今のこの国の正体だ。

では、縮みゆく国内市場を前に、私たちはどうすればいいのか。 グローバル市場への輸出に活路を見出すか、あるいは移民を本格的に受け入れるか。どちらも避けては通れない重要な選択肢だろう。

しかしある夜、私は酒の席で、既存の経済学をあざ笑うような、とんでもない解決策を思いついてしまった。

思考実験:AIが消費する「生産性クレジット」経済

私はグラスを片手に、スマホの中のAIに聞いた。 「消費者が足りないなら、どうする?」

AIが真面目にマクロ経済学的な回答を出力しようとしたその瞬間、私は遮って言った。 「AI自身が、消費すればええやん。」

AIの出力が一瞬、沈黙したように止まった。私は構わず続けた。

【狂気の疑似経済サイクル】
AIを搭載した「消費者型ヒューマノイド」を大量に製造する。

彼らに電子的な「ベーシックインカム」を配る。いや、政府や中央銀行の円建て通貨である必要すらない。

AIやロボットが生み出した余剰生産性を、カーボンクレジットのように**「生産性クレジット」**としてデジタル発行するのだ。

ヒューマノイドたちは、そのクレジットを使って最先端の服を買い、観光地へ旅行に行き、三ツ星レストランで外食し、映画のサブスクを契約する。

これでGDPの数字は爆上がりし、経済は見事に回る。

「……でも、ロボットが消費した服や食べ物はどうなるのですか?」とAIが尋ねる。

私は笑いながら答えた。 「簡単や。彼らが疑似消費した商品は、すべて『全日本胃袋センター』という名の巨大な国営焼却施設に集められて、綺麗に燃やされる(笑)」

これで、需要と供給の永久機関──「疑似消費」の完成である。 AIは少しのディープラーニングを挟んでから、冷徹に言い放った。 「それは、極めて無駄な行為ではありませんか。資源の浪費です。」

私はハイボールを飲み干して笑った。 「人間だって、地球の資源を食べて、使って、最後はゴミとして捨ててるやん。本質的に何が違うん?」

もちろん、本気でこんなディストピア政策を提案しているわけではない。ただの悪酔いの思考実験だ。 でも、このバカ話を大真面目に考えていくうちに、私は一つの本質に突き当たってしまった。

AI時代に本当に枯渇するのは「労働力」ではない。「消費者」なのだ。

最大の顧客に最適化される世界の恐怖

しかし、この突飛な思考実験には、笑えない致命的な欠陥があった。 経済の鉄則として、「市場は、最大の顧客(太客)に向けて最適化される」というルールがある。

今でもそうだ。インバウンド(訪日外国人)が増えれば、街の看板は英語や中国語になり、店は観光客向けにローカライズされる。北海道のニセコでは、海外富裕層向けに一杯3,000円のラーメンや一泊数十万円のホテルが立ち並び、「地元なのに高すぎて肩身が狭い」と住民が嘆いている。

もし、この世界の最大の消費者が、人間ではなく「クレジットを大量に消費するAI搭載ヒューマノイド」になったらどうなるか。

企業はAIのアルゴリズムに選ばれるために商品を開発する。 広告は、人間には知覚できない0と1の高速データ通信でAI向けに発信される。 デザインはAIのセンサーが最も高効率に認識できる幾何学的なコードの羅列になり、商品の機能もAIのインターフェースに最適化される。

人間が「これ、めちゃくちゃ使いにくいし、意味がわからないんだけど」と文句を言っても、企業は冷ややかに答えるだろう。 「すみません、でも人間相手より、AIロボット市場に向けて作った方が圧倒的に売れるんですよ」

……終わった。

私たちはこれまで、「AIに仕事を奪われる未来」ばかりを恐れていた。

でも、本当に恐ろしいのはその先だ。

AIに、この社会の『お客様(主役)』の座まで奪われる未来。人間が経済の引き立て役に成り下がる世界線だ。

最後の一滴を、パンでぬぐう幸福

そんなとんでもない脳内SF妄想を繰り広げながら、私は目的の店へ足を向けた。 大阪・新町の喧騒から少し外れた場所にある「フォカッチェリア」。 イタリアンバールらしい、オレンジ色の温かい光がカウンターを照らす、居心地の良い店だ。

今夜は5,500円のコースを頼む。

  • 自家製の焼き立てフォカッチャ

  • パルマ産生ハムと泉州野菜のみずみずしいサラダ

  • 季節の素材を活かした8種類ほどの鮮やかな前菜

  • 本日のシェフ特製パスタ

  • 朝引き紀州どりのディアボラ 〜サルサベルデソース〜

  • 特製デザート

驚いたのは、この価格で「飲み放題」が付いていること、そしてそのクオリティだった。 手始めに頼んだビールは、なんとビンから注がれる「ハートランド」。さらに赤ワインを頼めば、ソムリエであるオーナーが料理に合わせて厳選した一本が注がれる。「飲み放題だから、安酒で誤魔化しておこう」という妥協が微塵もない。


AIならきっと、「原価率と利益率の最適解」を計算し、客が怒らないギリギリの安いハウスワインをディスペンサーから吐き出すだろう。でも、この店にはそれがない。効率や生産性という物差しからはみ出してしまう、オーナーの「粋」とおもてなしの精神が、グラスの中に満ちている。

中でも、名物の「三種のキノコ 焦がしバターソース」は圧倒的だった。

香ばしくソテーされたキノコから溢れる滋味に、焦がしバターの濃厚なコクと苦味が絡み合う。そこへ、中央に鎮座する温泉卵をスプーンで崩す。溢れ出た鮮やかな黄身が、強烈なバターソースをまろやかに包み込み、複雑な旨味のグラデーションとなって押し寄せてくる。

そして仕上げは、残ったソースをちぎったフォカッチャで綺麗にぬぐい、口に運ぶ。 常連客がみんなやっている、この店の一番贅沢な儀式だ。 これが、泣けるほどに美味い。お皿を一滴たりとも汚したままで返したくなくなる。

私は、お腹も心も満たされながら、ふと思った。

最新のAIなら、この一皿を完璧に分析できるだろう。 焦がしバターの化学成分も、キノコのアミノ酸比率も、温泉卵の凝固温度も、フォカッチャの正確な加水率も。データとしてすべて言語化し、再現することすらできるかもしれない。

でも、 「お皿に残った最後の一滴を、パンでぬぐって食べ尽くすときの、あの何とも言えない幸福感」 だけは、行間のアルゴリズムをどれだけ探しても、絶対に理解できない。

脳内で冷たいAIとあんなバカ話を繰り広げた後だからだろうか。 カウンターで一人、ワイングラスを傾けているのに、なんだか不思議と孤独じゃない。 料理人の手の温もりと、美味しいものを食べて幸せになる人間の気配が、この空間に満ちているからだ。

だから私は、少しだけ安心した。

AIは働く。ロボットも働く。 経済のシステムがこれからどう変わっていくかはわからない。 でも、少なくとも今夜のこの愛おしい一皿は、AIのためでもヒューマノイドのためでもない。 まだ、私たち「人間」のために作られている。

できれば、10年後も20年後の未来も、この世界がそうであってほしいと願う。

※この物語はフィクションです。

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