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気づいたら、もう五歳になっていた

末の子は、クローンだ。

実の子どもというより、
クローンを産んでしまった、
という感覚に近い。

幼少期の私の写真は、
末の子の写真をエモくしただけに見える。

それくらい、よく似ている。

私の最大のコンプレックスだった、
釣り目の一重も、
完コピして出てきた。

これが、
最初の「ごめんね」だ。


末っ子のことを書こうとすると、
いつも困る。

大きな出来事が、
何ひとつ思い出せないからだ。

これまで大きなトラブルはなく、
順調に育ってくれている。

ただ、その穏やかさが、
ときどき私を立ち止まらせる。


姉や真ん中のときは、
「必死だった」という感覚が、
はっきり残っている。

寝返りをした、しない。

呼吸が変だ、熱が出た。

止めなきゃ、守らなきゃ、と
頭の中が常に忙しかった。

でも、末っ子には
その記憶が、ほとんどない。

幸せな嘆き、なのかもしれない。


末の子は三輪車に乗って、
自転車に乗る上の二人について走っていた。

パワーも速度も、尋常ではなかった。

駒ももう、年中の今は外してこいでいる。

足し算や引き算も、
いつの間にかできるようになっていた。

ひらがなも、カタカナも、
だいたい読めて、書ける。

ちゃんと、見ているんだなと思う。


「手がかからない子だった」
そう言ってしまえば、
それまでだ。

この子の成長は、
いつも、少し後ろから気づく。

できるようになってから、
「あ、そういえば」と思い出す。

私はただ、
それを見送ってきただけなのかもしれない。


私も、三番目で育った。

上の兄弟とは年が離れている。

娘が、
きょうだい同士でじゃれ合っているのを見ると、
少し羨ましくて、
でも、うれしくもなる。

私が持てなかった時間を、
この子たちは、
当たり前のように持っている。

共働きの母と、
一緒に遊んだ記憶もほとんどない。

たくさんの時間を祖母と犬と過ごした。

母も必死だったのだろうと思う。

でも、さみしかった頃の記憶が尾を引いて、
無意識に自分と重ねてしまう。

同じ思いをさせないように。

でも
同じことをしている気がして

「ちゃんと向き合えているか」を
何度も確かめたくなる。


だからわたしは、
思い出を大事にしようと思う。

一歳くらいの頃、

上の子たちについて行って、
私の体より大きな滑り台を
何度も降りていたこと。

小さい滑り台も、
大きい滑り台も、
怖がらずに、ただ楽しんでいたこと。

プールで、
「メガネ外して」と言われた瞬間に
見失ってしまって、
気づいたら
静かに浮かんで流されていたこと。

無理やり姉に抱っこされて、
変な顔になっていたこと。

コメが大好きな兄と、
茶碗を挟んで
本気で取り合いをしていたこと。

ハイハイをしだした頃、
愛犬のトイレに
一直線に突進しようとしていたこと。

保育所のお散歩で、
ミミズをわしづかみにして、
先生を困らせたこと。

そういう、
大きくはないけれど、
確かにあった出来事を。


昨日、末っ子が言った。

「家出して、一人暮らしする!」

私は笑って返した。

「おお、がんばれ。
一人でトイレ行かなあかんし、
一人で寝なあかんし、
ごはんも作らなあかんし、
保育所も一人で行かなあかんなぁ。」

少し考えてから、
「やっぱりやめる。」

こんなたわいもないやり取りが、
なんだかくすぐったくて。

ありきたりだけど、
かけがえのない宝物だと思う。


このこは、
手を離しても大丈夫な子だったのか。

それとも、

私が
手を離してしまっただけなのか。

その答えは、
まだ分からない。

でも、
彼女の周りは、
いつも笑顔だった。

Just because it was quiet, it doesn’t mean it was meaningless.
静かだったからといって、
意味がなかったわけじゃない。


次は姉の話。
普段は、しっかりしていて頼りになる姉。

そうなるまでに、
私も、姉も、
いくつもの山を越えてきた。

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