完璧じゃないから、愛おしい。
仕事で少し帰りが遅くなった夜。
玄関のドアを開けた瞬間、ふわりと届いた空気の匂いでわかった。
「あ、今日は家が回ってる日だ」
リビングを覗くと、そこには少し「戦い抜いた後」のような、
清々しくもちぐはぐな光景があった。
聞けば、小3の長女はかなり苦労したらしい。
「弟がお風呂になかなか入ってくれなくて大変だった」
お姉ちゃんがぷんぷんしながら教えてくれるその横で、
小1の長男はどこ吹く風。
彼は彼で、別の「重大な任務」に就いていたのだ。
私が朝、作っておいたおかず。
それを温めるために、椅子を引きずってきて、
真剣な顔でお皿によそっていたという。
その話を聞いて、私の頭の中にひとつの情景が浮かんだ。
以前、彼が私のお手伝いをしたがった時、
「今もありがたいけど、ママがいない時にも頑張ってくれたら、
もっと助かるな」
なんて、半分冗談で、半分は自分を楽にするための
「予約」として伝えていたことがあった。
彼は、それをずっと覚えていたのだ。
お姉ちゃんがどんなにお風呂に誘っても、
「いや、今の僕はママとの約束をやらなきゃいけないんだ」とばかりに、
台所でひとり、奮闘していたのだろう。
台所で洗い物をしながら、その姿を想像して、
思わず「ふふっ」と笑みがこぼれた。
あぁ、そうか。
私が「効率悪いなあ」なんて思いながら、
それでも一緒にキッチンに立った時間は、
彼の中に「ママとの大切な約束」として、
ちゃんと根を張っていたんだ。
大人が思う「効率のいい手伝い」なんて、彼らには関係ない。
お姉ちゃんは責任感からお風呂を回そうとし、
弟は愛ゆえに、頑なにレンジの前で任務を全うしようとする。
その、小さな噛み合わないくらいの必死さが、
彼らなりの全力の「チームプレー」だった。
夫についてもそうだ。
以前は“我関せず”だった彼が、
一度こっぴどく怒られたことをきっかけに、
今では仕事の合間にそっと様子を見に来てくれるようになった。
理想の形じゃないかもしれない。
でも、彼なりに「家族の歯車」になろうとしてくれている。
家族って、全員が同じ方向を向いてスマートに動くことじゃない。
それぞれが、それぞれのやり方で、
誰かのために「自分ができること」を必死に守り抜こうとする。
その結果、お風呂の時間が遅くなったり、
盛り付けが少し不格好だったりしても、
「あ、今日いけてるかも」
と思える瞬間がたまにあれば、
それだけで、もう十分すぎるほど合格なんだ。
今日は、そんな日。
“Small seeds of love eventually bloom in their own style.”
"小さな愛の種は、いつか彼らなりの形で花開く"
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