”coffee break”貸借対照の悦楽:帳簿の隙間に滲む、汗と精算の記録
原因と結果が擦れ合う夜に、濡れた利益が顔を出す。
貸借対照の悦楽
帳簿の隙間に滲む、汗と精算の記録

エアコンの効きすぎた経理事務所の奥、深夜の蛍光灯の下で、あたしは汗ばんだ太腿をすり合わせながら電卓を叩いていた。カタカタと乾いたプラスチックの音が、妙に淫靡に響く。昔の話さ。若さと労働を切り売りして、安い対価を恵んでもらい、ギリギリの体温を保って生きていた頃の記憶。
「簿記の魅力って何ですか」なんて、世間知らずの青瓢箪が聞いてきやがったら、あたしは迷わずそいつの耳元に生温かい息を吹きかけてやるね。
簿記なんてのはね、要するに極上のSMプレイであり、徹底的な因果応報の交わりなんだよ。
借方と貸方。左と右。世界のすべては原則、綺麗に対称に組まれている。何かを得れば何かが減り、原因があれば必ず湿った結果が残る。突っ込んだ分だけ奥まで届く、ただの等量交換さ。世の中の純情な連中は、そのバランスの美しさに騙されて「公平な世界」を夢見る。おめでたいよ。
だがね、帳簿の本当の快楽は、その左右が狂って歪んだ「ズレ」にこそある。
どれだけ完璧に突合したつもりでも、肉体と肉体が擦れ合えば摩擦熱が生まれるように、数字の隙間からどうしてもいやらしい汁が滲み出てくる。ぴったり合わないその端数、理屈を越えて残っちまったその「差額」。
それこそが、資本主義の蜜であり、濡れ手に粟の『利益』、あるいは身ぐるみを剥がされる『損失』の正体さ。
人間が欲望のままに蠢き、汗を流して他人の懐をまさぐった痕跡が、その歪んだ差額となって帳簿の上に生々しく浮き彫りになる。原因と結果の帳尻を合わせるフリをしながら、いかにその「濡れ場」から利益という快楽を掠め取るか。
帳面を開くたび、あたしは他人の強欲な下半身を覗き見しているような熱い痺れを覚えるのさ。数字の帳尻合わせに必死な男どもの顔を思い浮かべながら、あたしはまたひとつ、誰かの犯した「差額」を指先でなぞってほくそ笑む。
〈了〉
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