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書く理由が分からなくて、亡き母に聞いてみた

「こうして、あすかちゃんとけんたくんは、
さいごまでなかよく、くらしたのでした」

母の絵本を読む声に、私と弟は目を輝かせ、胸を躍らせた。
今日は仲の良い姉弟の冒険ものがたり。
昨日は「あすかちゃん」が森で出会った動物と遊ぶお話。
その前は、「けんたくん」がスーパーで迷子になったお話だった。

この絵本のシリーズは、世界で1作しかない。
母が、我が子である私と弟を主人公に作ったオリジナル絵本だったからだ。

絵を書くのが得意だった母は、よく私と弟を主人公にした絵本を作ってくれた。
私はそのまねして、自分を主人公にした絵本を作って遊ぶようになった。

それが、私の文章を書く原点になった。
自分で好きなお話を考えて作ること、それを友達や周りの大人たちに見てもらうことが楽しくて仕方なかった私は、みるみるうちにのめり込み、寝るのも忘れてお話を書く小学生に成長した。

しかし中学進学後、私が文章を書くことはほとんどなくなった。
書けなくなったのである。
そもそも自分がなんなのか、分からなくなっていた。
だから、自分が何を書きたいのかも分からなくなった。

学生時代は、なんだか社会に役立つ人間にならないと、周りに認めてもらえないような気がして、ひたむきに求められる人間になろうとしていた。
どうすれば何か意味のあるものを書けるのだろうとか、地に足がついていないことを考えるようになったのもこの頃だ。

元々幼少期も、何か高尚なことを伝えたくて書いていたわけでもないし、ただ楽しく思うがままに筆を滑らせていただけだったのに。

そんな私が、昨年から、「書くこと」に久しぶりに挑み始めた。
社会の役立つ人間にならなきゃとか思って、書くこととは無縁の福祉の仕事を10年以上してきた。

でも、ふと思ったのだ。
自分が本当に好きなことって、なんなのだろう。
本当にやりたいことって、なんなのだろう。

そして思い出したのが、「書くこと」だった。
これを仕事にできたら、どうなるんだろう?
そう思った私は、ライターという職業を知り、様々なコミュニティを活用し、学び始めた。
書くことと再び向き合いだした。

しかし、書き始めても、分からないことがまだまだ出てくる。

ライターになるんだと登録したクラウドソーシングサイトや、自己研鑽のつもりで読む記事や書籍に躍る様々な言葉は、私をさらに悩ませた。

「文字単価〇円以上!」
の仕事を得ることが、私のしたかったこと?

「副業ライターで〇〇円稼ぐ!」
のが、私の思う「書く仕事」??

お金を稼ぐだけなら、ほかのことでもできる。
書くことは目的ではなく手段である。
一体私は書くことをとおして、何がしたいんだろう。
私はなんで、そんなに書くことが好きになったんだろう。

私が書き始めた原点。
それは母が創ってくれた絵本が、とてもおもしろくて、わくわくして、魅力的だったから。

母は、何を思って、私たちに絵本を綴っていたのか。
なんで素人の母が作った絵本に、幼き私はそんなに魅せられたのか。

母は既に他界しているので、直接聞くことはできない。
心の母の気持ちに思いを馳せ、考えてみた。
そして、思った。


それは母が、私に、そして弟に、

たった一人のために絵本を作ってくれたから


ではないか。
社会で一旗揚げようとか、教育に役立つ絵本を作ろうとか、そんな気持ちは全くない。
あまねく子どもたちが夢中になるお話を創って発表したわけでもない。

目の前にいる我が子がどんなお話を書いたら喜ぶだろうと考えて、ただ私たちを楽しませることだけを考え抜かれて作られた作品だったからじゃないか。

「あすかちゃん」が、「動物を飼いたい!!」と言えば、動物と遊ぶお話を。

「けんたくん」が「スーパーで迷子になった夢を見て、泣いて起きたんだ」と言えば、迷子になっても、ちゃんと名前が言えたら大丈夫だよと語りかけるお話を。

姉弟げんかが絶えなければ、二人で協力して冒険を繰り広げるお話を。


ただ、目の前の一人に喜んでほしい気持ち、伝えたい気持ちを作品にしていたからではないか。

まだ、私は書くことをとおして何がしたいかを探している途中である。
明確な結論や、人生を賭して伝えたいことを見つけたわけではない。

でも、母の作った絵本のように、人に届く文章を書けるようになりたい。

何かを求める人に。
何かを始めたい人に。
何かに悩んでいる人に。
何かに不安を抱える人に。

そんな人にしっかりと届く、そんな文章を書ける自分になりたい。

私はなぜ書くのか。
幼い頃の母を思って、そんなことを考えた。




この記事はnoteコンテスト「なぜ私は書くのか」に応募しています。


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