【育児日記】情けねぇ親の背中を見せたい
「ぎゃぁぁああ!!またやった…」
私はなかなかの頻度で色々やらかす。
この夏も台所でザルを用意し忘れたのを忘れて、シンクに思い切り茹でた素麺を流して、流しそうめんを楽しんだ。全部夏の暑さのせいだと思いたい。
とっくに成人してから、アウトレットでガチ迷子になった事もあった。なんならつい先日も、家族で行ったコストコ店内で1人迷子になりかけた。
そして夫は夫で、CDと間違えてレコードをネットでポチッてしまったり、ベランダプール用に水道ホースを買ったのにちょっと長さが足りなくてベランダに届かなかったり、全く英語が話せないのに何故かいつも外国人観光客に道を聞かれて一緒に迷ったり...と、同じく色々やらかしている。
そんな両親を近くで見ているはずの長男(5歳)だが、なぜか『大人 = 何でもできる』というイメージを持ち続けている。
そして年中になった長男は、後輩(年少)ができて自分の事を『大人だ』と思っている。
厄介なのは、彼の中で
『大人 = 何でもできる = 失敗しない』という、わりと激しめな思い込み方程式が完成している事だ。
さらにそこに初見の物や場所に恐怖心を抱く元々の性格も合わさり、『挑戦しないし練習もしないけど、何でも1発本番で出来ていたい』頭でっかち完璧主義者 が爆誕してしまった。
発達が凸凹な子供は、思い通りに感情のコントロールができなかったり、特性が関係してできて当たり前のように思われる事ができなかったりするらしい。それによって叱られたり怒られる事が増えるので、さらに自信をなくすという負のループが完成する。
何でもかんでも特性に結びつけるのは違う気もするが、長男はいまこの負のループにハマりにハマっている。
療育教室の個人懇談でも先生から言われたが、『間違えたくない』『失敗したくない』という気持ちが長男は大きい。これは自信のなさからきているのだと思う。
どんな小さな事でもいい。
挑戦して欲しい親 VS 頑なに挑戦しない長男
挑戦しなければ、自信に繋がる成功体験ができない。いや、成功しなくとも、親としては『挑戦する姿』こそを褒めてやりたい。
このままでは長男の褒められる機会が減ってしまう…う〜ん…どうしたものか。
*
毎朝、夫には出勤前に『玄関で子供達を抱っこして2階から外の駐車場を眺める』という謎のモーニングルーティンがある。
ある朝、いつも通り長男が夫に抱っこされながら、何やら玄関先で話し込んでいた。
長男「パパ毎日遅いね、もっと早く帰ってきてよ」
夫 「パパも早く帰りたい」
長男「じゃあ早く帰ってきたらいいよ」
夫 「パパはね、勉強頑張らなかったんだ」
長男「え?」
夫 「だから優しい会社に入れなかったんだよ」
長男「パパの会社は優しくないの?」
夫 「うん。なかなか帰らせてくれないんだ」
長男「そうなんだ…」
夫 「長男くんは勉強頑張って、優しい会社に入ったり、作ったりしてね」
夫「パパみたいになっちゃいけないよ?」
朝から切ない話を聞いてしまった。
それにしても、このセリフは母親が父親に対して子供に言ってはいけないセリフベスト3には入ると思うが、父親が自分自身に対して言うのはセーフなのだろうか?
ちなみに、私と夫は元々同じ会社で出会っている。もちろん私も勉強を頑張らなかったし、優しくない会社で残業しまくっていた。
そして母である私はというと…
~ 転勤で引越す事になった友人家族の見送りにて ~
長男「ママは大人なのに何で泣くの?」
私 「大人だって悲しかったら泣ぐんだよぉお"」
~ 目玉焼きを作ろうと立った台所にて ~
私 「ぎゃぁぁああ!!またやった…」
長男「どうしたの?」
私 「殻捨てようとして、玉子の方捨てちゃった」
長男「鳥さんせっかく卵産んだのに、可哀想だね」
私 「…そうだね。マジでごめんって思ってる」
*
大人だって失敗する。間違える。
『子は親の背中を見て育つ』と言う。
情けねぇ親の背中を見て、息子達よ、失敗を恐れず色んな経験をして大きくなっておくれ。
ダウンタウンは面白い、とんねるずはカッコいいと思っている私。また全落オープンやらないかな。
テレビの中のプロレスでさえ許されない世の中。
反町隆史が『♫言いたいことも言えない』と歌っていたあの頃に比べて、今って言いたいことが言える世の中になったのだろうか。

