そこで楽しむ
「あのさ、インスタってどうやってやるの?」
「あぁ、インスタね。簡単だよ〜」
よくありそうな親子の会話。しかし、質問しているのは娘、答えているのは母である。数年前の私と母とのやり取りだ。
ある日を境に突然やたらとインスタで、
“BE:FIRST”をおすすめされるようになった。
原因は母である。インスタの先輩である母とは相互フォローしているので、母が“いいね♡”しまくった動画達が私のアカウントまでやってきたのだ。
BE:FIRST(ビーファースト)
日本の7人組ボーイズグループ。BMSG所属。SKY-HI主催のボーイズグループ発掘オーディション『THE FIRST(ザファースト)』から誕生。公式ファンネームはBESTY(ベスティー)。
去年の今頃、母はパート先で作業中に結構な怪我をして、1ケ月休職する事になった。
〚お母さん大丈夫かな?落ち込んでないかな?〛
私も妹も実家からだいぶ離れた県外で暮らしている。どんな怪我の状態なのか、直接会って会話する事ができないため、母が今どんな気持ちでいるのか読めずにいた。「大丈夫」と母は言うが、出かけるのが大好きな母が1ケ月も家の中でじっとしていられるだろうか?
母は1ケ月間、家の中でじっと発掘オーディション『THE FIRST』を視聴して、ゴリゴリのBE:FIRSTファンになっていた。
「天才とは努力する凡才のことである」
母はどんな環境でも“そこで楽しむ”天才だ。
母の父である私の祖父は、とんでもない人だった。毎日家に帰ってこないのは当たり前。幼い母を連れて自分の愛人が経営するスナックに行き、母だけをタクシーに乗せて帰宅させる。たまに夜中に酔っぱらって帰ってきたかと思えば、その日に会った他人を連れて来て突然家に泊まらせる。
そんなとんでもない父との思い出を、娘である母は、まるで“ナイトZOO”にでも連れて行ってもらったかのように当時を振り返る。
「離婚していいよ」
まだ中学生だった母のひと言で、祖母は祖父とのほぼ破綻していた夫婦生活に幕を下ろした。
祖母は家の事を完璧にやる人だったが、仕事人間でもあった。離婚して一家の大黒柱となった祖母は、ますます仕事へと舵を切った。ひとりっ子だった母は、家で1人で過ごす時間がますます増えた。その時間で母は“料理”と“裁縫”を極めた。
母はどんな環境でも“そこで楽しむ”努力をした。
父の熱烈なアプローチによって、付き合って3ヶ月であっという間に結婚を決めた母。
両親が出会ったのは母の地元だが、父は転勤族だった。私がまだ幼稚園児だった頃、結婚してから初めての父の転勤が決まった。祖母もいる住み慣れた地元を離れ、私達はまず北海道へと旅立った。転勤先では社宅に住んだ。周りは同じくらいの歳の子供がいる家族がたくさんいて、親子ですぐに仲良くなった。
何年か経ったある日、学校から帰ってきても家に鍵がかかっていて、ピンポンを押しても何も応答がない、、、という日が多発した。
〚またか、、、。〛
同じく家に入れず困った友人が「今日はうちじゃないわ」と言いにやって来る。「じゃあ〇〇くん家かな?」この頃、母達は社宅の仲良しメンバーでカードゲーム“UNO”にハマりにハマっていた。皆で誰かの家に集まり、子供達の帰宅時間を忘れ、平日の昼間から熱狂していた。
母はいつでも楽しそうだった。
*
あれから30年以上経った今、私も母と同じく転勤族の妻となった。どちらかと言えば人見知りな私は、新しい環境が苦手だ。今の環境が良ければ良いほど、次の地でも親子で楽しくやっていけるだろうか?と不安になる。
そんな弱気になりそうな時は、母を思い出す。“そこで楽しむ”努力を忘れるな!私は天才の娘だから大丈夫だ!と、自分に言い聞かせる。
5/11(日) 母の日。
ありがとうの気持ちを込めて、母の好きな“栗きんとん”を実家へ送った。1人で留守番している父がクール便を受け取ってくれた。
母はいま、全力で台湾旅行を楽しんでいる。
△こちらの企画に参加させて頂きました。
神田ちあきさん、素敵な企画をありがとうございます。
