私たちは友達だったらしい
ライオンは言った。
“バファリンの半分は優しさでできている”と。
バファリンが半分だと言うのなら、彼女は一体何割優しさでできているんだろう。
99.9%除菌は信じられないが、彼女が99.9%優しさで出来ていると言われたら私は信じる。
そのぐらい優しい人に、私は出逢えた。
*
長男が昼寝をしなくなった1歳の頃、平日は親子でほぼ毎日公園に通っていた。
「今度〇〇ちゃん達と雛祭りのお祝いするんだけど、良かったら来てくれない?」
声をかけてくれたのは、長男と同級生のMちゃんのママだった。
「来ない?」でもなく「どう?」でもなく、「来てくれない?」と言う誘い方が、人との距離感が絶妙な彼女らしい言い回しだなと思った。
もっと彼女達と仲良くなりたいと思っていたし、娘のいない我が家には無縁だと思っていた雛祭りを味わえるとの事で、喜んで参加した。
雛祭り会には、Mちゃん親子と仲良しの親子が3組来ていて、皆私も公園で話した事のあるメンバーだった。
その日は皆で持ち寄ったお菓子と、お昼はMちゃんママが作ってくれた特製ちらし寿司を食べた。
「この家の子になりたい」
のちにMちゃんママの手料理を食べるたび、私が口癖のように言うほど、彼女は料理上手だった。
まだマスク着用が日常だった2021年。
私は緊張していた。“食事をする=マスクを取る”ということ。ここにいる親子達にはまだ素顔を見せた事がなかったのだ。
私の頭の中は、
〚マスクを取るタイミングっていつだ?〛
〚母親としてちょうどいい振る舞いってどんなだ?〛
ほぼこの2つが出ては消え出ては消え、脳内は2種類しかいない超イージーぷよぷよ状態だった。
しかし、そんな不安も杞憂だった。
開始30分程度で、頭の中のぷよは自動的に全消しされた。
その日を境に私達はほぼ毎日一緒に過ごすようになった。
皆で暑い日も寒い日も公園に通い、お互いの家に行き来し、夫の出張や飲み会が重なる日は朝の公園から晩ご飯まで一緒にいた。
コロナで子供イベントは軒並み中止になったが、自分達で計画して、お花見、ハロウィン、クリスマスを楽しんだ。
イメージだけの“ママ友”という存在にビビり散らしていた私だが、幸運なことに私が出逢えたママ達は、とても優しく居心地の良い人達だった。
初めての育児に毎日いっぱいいっぱいで余裕のなかった私に、“明日も公園に行けば誰かいる”という最強のお守りができた。
*
決して要領のいいタイプではない私は、育児に絶賛苦戦中だったため、〚もう私に2人目は無理だろう〛と思っていた。
いつものように皆でМちゃんの家に集まっていると、“2人目どうするか問題”が話題にあがった。
その場にいたママは5名。
3児のベテランママ1名を除き、残り4名は皆1児の母だった。
私達は“実家は遠方で夫は激務”という共通点があり、皆キャパオーバーという理由で2人目は諦めモードだった。
「皆で育てたらいいんだよ」
Mちゃんママが言った。
彼女は色々あって、2人目を授かる事はもうない。
けれど皆の2人目を待ち望んでくれた。
結局Mちゃんママ以外の私を含む3名は、その後2人目を妊娠➤出産し、兄弟揃って同級生となった。
幼稚園の行事や係で下の子を連れていけない時はMちゃんママが率先して預かってくれたし、次男達がグズグズしているとヒョイッと持ち上げ抱っこで寝かせてくれた。
宣言通り彼女は一緒に子供達を育ててくれた。
*
私がまだ次男妊娠中の頃、長男の心が不安定になった事があった。
妊娠初期は悪阻で、後期になると私のお腹が大きくなり、思うように遊んであげられぬまま“兄になる日”だけが近づいていた事が原因だったと思う。
そんな自分ではどうにもできない大きな不安を抱えた小さな長男に対し、私は優しくなれず、我が子の事を“可愛くない”と思ってしまった。
妊娠も出産も奇跡だ。
望んでも手にできない人もいる中で、私は望み通り子育てをして、さらに第2子の妊娠も継続できた。
全部自分の望んだ通りなのに、愛している我が子にどうしても優しくできない。
〚私は何か大切なものが欠落した人間なのでは?〛
〚親になってはいけなかったのかもしれない。〛
自分で自分が信じられなくなった。
「長男くん預かるから、どっか1人で出かけてきたらどう?」
心配したMちゃんママ達が声をかけてくれた。
私は彼女達のお言葉に甘えて、1人で近くの喫茶店に行った。
目的地にすぐ着けた。
ケーキをゆっくり食べられた。
熱々のコーヒーが飲めた。
真っすぐ歩かない子供を引っ張る事もなく、ケーキを奪われる事もなく、熱い飲み物を飲もうとした瞬間に膝に乗られて前が見えなくなる事もなく、ゆっくりできた。
一方で、いつも一緒にいる長男がそばにいない事にずっと違和感を覚え、私の心はソワソワしていた。
1時間ほどして長男が待つ友人宅に戻った。
「おかえり〜。ゆっくりできた?」と皆に聞かれ、喫茶店で食べたメニューや久しぶりに熱々のコーヒーを最後まで飲めた事、大人1人で歩くとすぐに目的地まで行けた事を報告した。
「分かる分かる」と皆笑顔で頷いて、ただただ聞いてくれた。
あの1時間の外出を、私は今でも忘れられない。
3月3日。雛祭り。
彼女にいつもの公園で声をかけてもらい、一緒に遊ぶようになってから今日で丸3年経った。
子供達を幼稚園に送り出し、Mちゃんママと私と次男の3人で1日出かけた。
お昼はフードコートで、それぞれ好きな物を選んだ。
Mちゃんママは嬉しそうに、子供がいない時間のマックを噛みしめていた。それを目の前で見ていた次男が、彼女のポテトを奪おうとしていた。それに気づいた彼女は「大丈夫だよ。そう思ってポテトLサイズにしてあるから。」と言って、笑顔でポテトを奪われていた。
「皆が頑張って2人目産んでくれたから、私も沢山赤ちゃん抱っこできて、嬉しかったな」
次男を見つめながら、彼女はポテトを奪われ続けていた。
“彼女は99.9%優しさで出来ている”
*
今週末、Mちゃん家族が転勤で引越す。
今日家に行くと、先週ペチャンコで届いた段ボールに荷物が沢山入っていて、1部屋分段ボールでいっぱいになっていた。
私はそれを見ただけで、もう泣きそうだった。
少し前に長男の親友KくんのママとMちゃんママで、私の運転で買い物とランチに出かけた。
車内のラジオで松たか子さんの“明日、春が来たら”が流れた。「松たか子いいよね〜」と言う話から、好きなドラマの話、今公開中の観たい映画の話をした。
「ママ友って子供の話しかしないと思ってたけど、私達それ以外の話も全然するよね」
私達は下の名前で呼び合うし、年齢もバラバラだけどタメ口で話す。
「もうさ、私達って“ママ友”じゃなくて“友”なんじゃない?」
「ほんとだね!!!」
3人の意見は一致した。
*
もうすぐこの街から友達がいなくなる。
もう「うちに来なよ〜」と言う事も言われる事もなくなってしまう。
転勤族の多いこの街に来て、友達を見送るのは3回目だ。
3回目でも全く慣れない。寂しい。
3年間毎日会っていたのに、見送る数週間前にやっと友達だと気づいた私達。
〚♪明日〜春が来たら〜君に〜逢いに行こう〜〛
頭の中の松たか子が、ずっとそこだけ歌っている。
まだ見送ってもいないのに、私はもう友達に逢いたい。
*2025/3/10 追記*

