見出し画像

変わらない大人

幼稚園〜中学まで、私はピアノを習っていた。

父の仕事は、転勤が多かった。
その為、習い事であるピアノも色んな教室に通い、色んな先生に習った。

中でも印象に残っている先生がいる。
私が小学校6年生から中学校1年生までの2年間お世話になった、兼近先生(仮名)だ。

兼近先生は、とにかくおしゃべりだった。
最初の数回は、仲良くなる為の意図的な雑談だと思っていた。その頃の私はまだネーミングを知らなかったが、アイスブレイクというやつだ。

アイスブレイクとは、堅く張り詰めた空気を氷に例え、氷を崩すように緊張をほぐすことからきているらしい。しかし、兼近先生のレッスンは緊張感などまるでなかったし、開始前からすでに氷は溶けて水だった。

先生…アイスじゃないよ、とっくにウォーターだよ。

ウォーターブレイクは、それはそれは盛りが上がった。30分の個人レッスンで、前半の15分くらいはほぼ雑談で過ぎていた。後半に先生が慌てて「そろそろレッスンしよう」と言い始め、演奏が盛り上がる所で隣にいる兼近先生の声のボリュームも大きくなっていく。

「そう、そう、いいよ〜。タタタタタァァ〜♬」
先生の声が大きくなって自分の演奏が聴こえづらくなる。曲のテンポを教えてくれるはずのメトロノームだって、兼近フルボリュームで聴こえない。全ての音が先生の声でかき消され、曲が最高潮に盛り上がる所で演奏がストップしてしまう…というまでが毎回セットで行われた。

*

転校を繰り返していた当時の私は、転校生という存在は良くも悪くも目立つという事を身を持って知った。調子に乗って喋り過ぎないようにしたり、その土地の方言を覚えて喋るようにしたり、とにかく周りに1分1秒でも早く馴染む事を目標に生活していた。小学生なりに話す内容にも気をつけていたと思う。

これは私の独断と偏見による実体験に基づくデータなので、何の根拠もない。

駄菓子菓子だがしかし

転校生だと紹介され、クラスで最初に声をかけてきてくれるグループと、なぜか私はいつも仲良くなれなかった。そして心を開けぬまま他のグループの子と仲良くなり、やっと自分の居場所を見つける…というパターンがほとんどだった。

そのため転校して最初の2〜3ヶ月は借りぐらしのグループで、私はアリエッティのごとく、目立たぬように緊張しながらひっそりと生活していた。

転校先でどう振舞えばいいのかばかり考え行動していた私にとって、何も考えずに話せる兼近先生との雑談は救いだった。

あんなに毎週ペチャクチャ喋っていたのに、何を話していたのか…1つも思い出せない。本当に楽しい時間は、本当にどうでもいい時間なんだと思う。

*

兼近先生のレッスンに通い始めて1年ほど経った頃、小学校卒業のお祝いをかねて同級生3人とその母達で、晩御飯を食べに行くことになった。

お祝いという事もあって、お店はいつものファミレスではなく、お洒落なコース料理が出てくるような場所だった。

私達のテーブルにオードブルが運ばれ、生まれて初めての生ハムを食べて感動していたその時―――。

「ぎははははは!それでさ、それでさ…」

毎週15分聞いている笑い声が、耳に入った。

「あ、兼近先生!!!」
私は先生を見つけて思わず名前を呼んだ。先生はいつもと変わらず「あ、パンダイブちゃん!偶然だねぇ。」と明るく言った。

私は声をかけたあと、すぐに後悔した。

友達と沢山喋りたかっただろうに、生徒とその保護者にお店で会ったら喋りずらいよなぁ…先生急いで食べて帰るかもなぁ…。

声をかけた直後の小6パンダイブの気持ち


兼近先生は、その後もレッスンの時と変わらないフルボリュームで、ゆっくり食事を取りながら、友達と沢山お喋りを楽しんでいた。

結局、後から入店したはずの私達が店を出る時も、まだ兼近先生は友達と喋り続け、長居していた。先生と「またね」と挨拶をして先にお店を出た。

「先生ずっと楽しそうに喋ってたねぇ」
「そうだねぇ」

学校が変わり友達が変わり、場所によって振舞を変えてきた自分にとって、変わらない大人がいるという事実は衝撃だった。

そして、私は嬉しくなっていた。
兼近先生が生徒わたしと喋っている時も、友達と喋っている時も、いつもと変わらず楽しそうな先生を、教室以外の場所で見ることができたからだ。

*

それから1年後、再び転校が決まり兼近先生とのレッスンは2年で終了となった。  

あの日、あのお店で初めて食べた生ハムの味と、店内で「ぎゃははは」と楽しそうに友達と喋る兼近先生の姿が忘れられない。

こういう大人になりたいと思った。

毎週きっかり15分。
私はたぶん、兼近先生と雑談をしに、ピアノ教室に通っていたんだと思う。


#賑やかし帯 (いつきさん、いつもありがとうございます♡)



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集