初めて活字で笑った日
漫画ばかり読んでいた中学生の頃、私は出会ってしまった、、、さくらももこさんのエッセイに。
当時テレビで“まる子だった”というエッセイが紹介されていて、ちびまる子ちゃんが好きだった私は〚さくらももこさんって、漫画だけじゃなくて本も書いてるんだぁ〛と少し驚いた記憶がある。
近所の本屋に行き、“まる子だった”を見つけて購入しようと手に取るも、値段を見てビックリ。
マンガも古本屋でコツコツ集めていた中学生の私にとって、単行本は高くて買えなかった。
諦め切れず文庫本コーナーをウロウロしていると、さくらももこさんの“もものかんづめ”というエッセイを発見した。文庫本なので値段もお手頃で、これなら買えると喜んだのを覚えている。
その日私は、お小遣いで初めて漫画以外の本を買った。
家に帰って早速“もものかんづめ”を読んだ。
〚なななななんだこれは!!!!!〛
私の中で衝撃が走った。漫画じゃないのに面白い。絵ではなく“活字を読み進めたい”と初めて思った。
読み始めたら止まらなくなって、母からの何度目かの「ご飯だよ!」の怒号が飛ぶまで読み続けた。
そして更に衝撃だったのは、あとがきでの“メルヘン翁”という話についての後日談だった。
このお話は、さくらももこさんの祖父が亡くなり葬儀までの様子が面白おかしく描かれている。
これが『青春と読書』に掲載された時、『身内のことを、こんなふうに書くなんて、さくらももこはひどい。もう読みたくない』という手紙が、編集部に二、三通届いたそうだ。そうか、もう読みたくないか、それじゃ仕方ないな、というのが私の感想であった。私はこれからもそのような人達の読みたくない物を書く恐れはいくらでもある。遅かれ早かれ受け入れてもらえない日は来たであろう。
なんという潔さ!
当時新しい中学校に転校したばかりで“人からどう見られるか”ばかり気にしていた私は、彼女の潔いカッコ良さに憧れた。
ちなみに、さくらももこさんのエッセイ漫画“ちびまる子ちゃん”に出てくる祖父の友蔵は主人公まるちゃんの絶対的な味方だが、実際の友蔵さんは真逆の人物で、良好な関係ではなかった様子。
私は爺さんの事は好きではなかったが、自分
の描いている漫画に出てくる爺さんは好きである。
漫画の友蔵がまる子を可愛がるのは、憧れとまる子への想い入れが混じっているのだろうと、さくらももこさん本人が分析している。
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さくらももこエッセイを知ってしまった中学生の私は、本屋と古本屋に通い、お小遣いで課金しまくった。
お年玉を手にしたお正月には、以前買えなかった“あのころ”“まる子だった”“ももこの話”の3部作を単行本で買うことができた。
ワクワクしながら、どの作品も夢中で読んだ。
2018年8月15日
さくらももこさんが亡くなった。
エッセイの中でも独自の健康法を紹介していて健康に気を遣っていた彼女が、まだ53歳という若さでいなくなってしまった。
亡くなる少し前に、ちびまる子ちゃんにも度々登場する西城秀樹さんが亡くなって、さくらももこさんはイラストと追悼コメントを出していた。
あの時すでに彼女は乳がんで闘病中だったと思う。どんな気持ちでイラストを描いたんだろうか。
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さくらももこさんの大ファンである事を知っている友人や家族は、私が落ち込んでいるだろうとわざわざ連絡をくれた。
noteでも #さくらももこさん で、追悼のお題企画があった事を知った。
最近noteを始めたばかりなので、当時は参加できなかったが、どうしても書きたかった。
さくらももこさん❀
学校に行くのが嫌で嫌で毎日がつまらないと思い笑わなかった中学生が、あなたのエッセイで大笑いしました。
あなたのおかげでワクワクする楽しみを見つけました。
ありがとうございます。
