母には言えない、お雛様の本音
母には言えないが、
子どものお雛様について、
ずっと小さな本音がある。
でも、それは今だから思うことで、
あの時は「これでいい」と思っていた。
初孫のお雛様を選ぶのを、母はとても楽しそうにしていた。
お店でも「コンパクトにしまえますよ」と説明されたらしく、
その言葉を、私は素直に信じた。
きっと、母にとっては
選ぶ時間そのものがプレゼントみたいなものだったと思う。
だから、それを見ている私も、嬉しかった。
正直、子どもを育てるのに精一杯で、
「考える」ということを、どこかに置いておきたい気持ちもあった。
実際に届いたお雛様は、とても立派だった。
一つ一つは本当に綺麗で、丁寧につくられている。
届けにきたお店の人が、これまた丁寧に説明してくれる。
ふと不安になって聞いた。
「これ、あの……この箱ひとつに、まとまるんですか?」
すると、少し間を置いて、
「いや、ひとつには、ちょっと難しいですね。」
という返事。
うわぁ、と思ったけれど、
もうキャンセルなんてできない。
笑顔でうなずくしかなかった。
一箱では、まったく収まらない。
細かいパーツが多く、
重さもそれなりにある。
出すのも、しまうのも、
もはやちょっとした行事くらいの気合が必要だ。
とりあえず毎年、夫にも協力してもらいながらお雛様を出している。
子どもも、初めて見た時は手を合わせて拝んでいた。
その姿が、やけに可愛かった。
今の我が家には猫がいる。
なので、お雛様を飾る場所は自然と玄関になる。
猫の手の届かない、唯一の聖域だ。
そう考えると、
なおさら「コンパクト」のありがたみを感じる。
玄関に、そっと置けて、
さっと出して、さっとしまえるやつ。
安くていい、という話ではない。
雑に扱いたいわけでもない。
ただ、毎年ちゃんと出して、
「今年も出せたな」と思えるくらいが、ちょうどいい。
立派さと、続けやすさは、
どうやら比例しないらしい。
母も悪くない。
あの時の私も悪くない。
あの時は、それでよかった。
ただ、暮らしが変わって、
猫まで増えて、
判断基準が変わっただけだ。
母には言えないけれど、
段ボールを前に、毎年ちょっと思う。
——これはこれで、立派すぎたな。
さて。
今年も夫に協力してもらって、
初めての新居で飾れるように、頑張ろう。
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