123便のご遺族の話です
12歳と15歳のお子さんを亡くした小田さん。
墜落とわかり、その日に羽田の日航の事務所へ。
遺族は大体大阪に住んでる方が多い。
行ってみると事故処理慣れしている対応だった。事故慣れの体質を見た。
町田直副社長が遺族の応対をしている。
彼は「これはミサイルで追撃された」という。
遺族は大慌て。
そのうちに日本航空が遺族を現地にバスで送ると言い出した。
遺族の頭から「ミサイル撃墜」を消すために。
遺体の検死が3・4日かかる。
8月14日に群馬県上野村に入った。
そこから遺体の検死。3・4日かかる。
広い講堂に遺族が座っている。
皆んな泣いていて事故がどうして起きたということは頭の中にない。
遺体を見ないと確認できない。
遺体が検死されて出てきたものは人間の体が包帯でグルグル巻きになっていた。
自宅に引き取る、国へ返すということではなく現地で荼毘にふした。
とにかく触れない。
包帯を取ってもらいたいけどできない。
どの程度の傷かも確認できない。
マスコミが押しかけてきてどうして死んだか聞きたがっていたが、私たちも全然知らない。
お寺に埋葬して慰霊したいのに突然補償金を出しますと言ってきた。
8/12に墜落し9月末に補償金を出すと日本航空とボーイングが言ってきた。
補償金などというのは2年かかるらしい。
我々は補償金がもらいたくてやっているわけじゃない。慰霊のため。
そこから色んな不具合や説明できないことが起こってきた。
圧力隔壁説が出てきた。
小田さんは本を3冊書いた。
それを読んでくれた読者からメールをもらった。
事故調よりも読みやすい分かりやすい本だったと感想をもらった。
事故調は最終的に「推定する」と書いてあるそう。
聞いていたジャーナリストの松井さんも事故調は読んでも矛盾してるし、信用できない。
2発目のミサイルで撃墜されたという立場に揺るぎなく立っている。
事故現場は長野県側で待機させられていた。絶対群馬県に入れない。作為を感じた。
8/12 21時前上野村の猟友会の人たちが群馬県警から道案内の依頼を受けていた。
黒澤村長と松井さんで10年後にインタビューをした。
ストレートに語ってくれた。
御巣鷹に入ったら自衛隊がすでにいて、(猟友会が一番乗りのはず)。敬礼して下っていった。
すぐに呻き声が聞こえてきてそちらに意識が行ってしまった。という話を聞いた。
次回、横田基地に着陸していれば全員生還できた?!
