猫が出てくるおすすめ小説・エッセイ10選
気まぐれで、自由で、どこか哲学的——猫という生きものは、昔から多くの作家たちを魅了してきました。文学の世界には、猫が物語の中心にいる作品、猫を通して人間の本質を描いた作品、猫との暮らしをこの上なく愛おしく綴った作品が、数えきれないほど存在します。
この記事では、猫が登場する小説・エッセイの中から、ぜひ読んでいただきたい10冊を厳選してご紹介します。明治の文豪から現代の人気作家まで、時代もジャンルもさまざまに取り揃えました。猫好きの方はもちろん、「猫はちょっと苦手で……」という方にも、きっと新しい発見があるはずです。ページをめくるたびに、気づけば猫のことが気になって仕方なくなる。そんな10冊です。
『吾輩は猫である』夏目漱石(新潮社)
日本文学史上もっとも有名な猫といえば、やはりこの「吾輩」でしょう。「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」という冒頭の一文は、本を読んだことがなくても知っているという方が多いのではないでしょうか。
語り手は、中学校の英語教師・珍野苦沙弥先生の家に居ついた一匹の名もなき猫です。この猫の目を通して、苦沙弥先生やその友人たち——美学者の迷亭、理学者の寒月、哲学者の独仙といった個性豊かな面々の日常が描かれます。明治の知識人たちの滑稽なやりとりや、社会に対する鋭い風刺が、猫のどこか達観した視点で語られることで、おかしみと深みが同時に生まれているのです。
特筆すべきは、この猫の「観察者」としての立ち位置です。人間社会に属さないがゆえに、人間の愚かさや矛盾を冷静に、しかし愛嬌を込めて見つめる。その視線は、100年以上の時を経てもまったく古びていません。漱石のデビュー作であり、ユーモア文学の最高峰でもある本作は、日本文学における「猫文学」の出発点として、まず手に取っていただきたい一冊です。
『ノラや』内田百閒(中央公論新社)
愛猫への思いをこれほど切実に、これほど美しく綴ったエッセイがほかにあるでしょうか。内田百閒の『ノラや』は、飼い猫ノラの失踪をめぐる、老作家の嘆きと祈りの記録です。
ふとした縁で飼い始めた野良猫の子・ノラが、ある日突然、庭の繁みから消えてしまいます。百閒先生は新聞に英文広告まで出し、近隣に貼り紙をし、ノラの帰りをひたすら待ちます。その嘆きぶりは大げさを通り越して、読んでいるこちらの胸が苦しくなるほどです。「ノラや、ノラや」と呼びかける文章は、もはや文学を超えた祈りのようです。
続いて居ついた迷い猫のクルツとの日々もまた、深い愛情に満ちています。気難しい文豪として知られる百閒先生が、猫の前ではまるで別人のように心を開き、一喜一憂する姿は、猫が人間にもたらす不思議な力を感じさせます。猫を愛するすべての方に、そして大切な存在を失った経験のあるすべての方に、静かに寄り添ってくれる一冊です。
『猫と庄造と二人のおんな』谷崎潤一郎(新潮社)
谷崎潤一郎といえば耽美的な作風で知られますが、この中編小説はどこかとぼけたユーモアに満ちた異色作です。主人公は、愛猫リリーを溺愛してやまない男・庄造。妻の福子はリリーに嫉妬し、前妻の品子は庄造への未練からリリーを引き取ろうとする。一匹の猫をめぐって二人の女が静かに火花を散らすという、なんとも可笑しな三角関係(四角関係?)の物語です。
谷崎が本作で描いたのは、猫という存在が人間関係の力学をいかに狂わせるかということです。庄造にとってリリーは妻よりも大事な存在であり、女たちは猫に対して本気で嫉妬し、駆け引きを仕掛けます。猫は何も知らず、ただ気ままに振る舞っているだけなのに、周囲の人間たちが勝手に右往左往する。その構図がたまらなくおかしいのです。
文豪の筆によって描かれる猫の毛並みの描写や、庄造がリリーと戯れる場面の生き生きとした筆致は、谷崎自身が相当な猫好きであったことを物語っています。猫好きの文豪が本気で猫を書くと、こうなるのかという驚きをぜひ味わってみてください。
『世界から猫が消えたなら』川村元気(小学館)
郵便配達員として働く三十歳の「僕」は、ある日突然、脳腫瘍で余命わずかであることを告げられます。絶望する彼の前に現れたのは、自分とそっくりの姿をした悪魔。悪魔は「世界から何かをひとつ消すたびに、一日だけ寿命を延ばしてやる」と持ちかけます。電話が消え、映画が消え、時計が消え——そして最後に、猫を消すかどうかの選択を迫られるのです。
映画プロデューサーとして知られる川村元気さんの小説デビュー作である本書は、「もし自分の身近なものが世界から消えたら」という思考実験を通じて、日常にあるものの大切さを問いかけます。テンポのよい文体と、どこか寓話的な物語構成が心地よく、あっという間に読み終えてしまうでしょう。
タイトルに「猫」とあるように、主人公と愛猫キャベツとの関係は物語全体を貫く核のひとつです。猫とともに過ごす何気ない日常がいかにかけがえのないものであるか。読後、思わず自分のそばにいる大切な存在を抱きしめたくなる、そんな一冊です。映画化もされ、幅広い世代に愛されています。
『旅猫リポート』有川浩(講談社)
心優しい青年・サトルと、カギしっぽの野良猫・ナナの物語です。かつて瀕死のところをサトルに助けられ、以来五年間を共に暮らしてきたナナ。しかしある事情から、サトルはナナを手放さなければならなくなり、新しい飼い主を探して旅に出ます。
旅の行き先は、サトルのかつての友人たちのもと。それぞれの場所で語られる過去のエピソードを通じて、サトルという人間の優しさや、彼が抱えている秘密が少しずつ明かされていきます。そしてナナの一人称で語られるパートが、物語にあたたかさとユーモアを添えています。「猫がこんなことを考えていたら」と思わずにはいられない、猫の語り口が絶妙です。
有川浩さん(現・有川ひろさん)は「物語を通じて人を泣かせる天才」とも評されますが、本作のラストはまさにその真骨頂です。人と猫の絆がこれほど深く、これほど切なく描かれた作品は多くありません。猫との別れを経験したことのある方は、涙なしには読めないかもしれません。読後にじんわりとあたたかいものが残る、珠玉のロードノベルです。
『猫を棄てる 父親について語るとき』村上春樹(文藝春秋)
村上春樹がこれまでほとんど語ってこなかった父親について、初めて正面から向き合ったエッセイです。タイトルの「猫を棄てる」は、幼い頃に父と二人で海岸に猫を棄てに行った記憶に由来しています。ところが家に帰ると、棄てたはずの猫がすでに玄関に先回りしていた——この不思議なエピソードが、作品の出発点となっています。
父親の生い立ち、戦争体験、そして親子の間にあった微妙な距離感。村上春樹は、自らのルーツを探るように、父の歴史を丹念に辿っていきます。抑制の効いた筆致でありながら、行間からにじむ感情の深さは、小説とはまた異なる種類の感動を読者に与えます。
猫を棄てるという行為は、この作品においては象徴的な意味を帯びています。棄てたのに戻ってくる猫。それは、忘れようとしても戻ってくる記憶であり、断ち切ろうとしても切れない親子の繋がりでもあります。村上文学のルーツを知ることのできる稀有な一冊であり、父と子の関係について考えたい方にもおすすめです。
『猫のお告げは樹の下で』青山美智子(宝島社)
神社の境内にある大きなタブノキの下に現れる、不思議な猫。その猫は、悩みを抱えた人々に「お告げ」のように一枚の葉っぱを落としてくれます。葉っぱに書かれたひらがな二文字の言葉が、それぞれの人生にそっと寄り添い、思いもよらない方向へと導いていく——そんな連作短編集です。
なりたいものがわからない大学生、家族との関係に後悔を抱える頑固な父親、転校先でなじめない男の子、二十年来の夢を諦めるべきか迷う専業主婦。登場人物たちは皆、どこにでもいるごく普通の人々です。そしてその悩みは、読んでいる私たちの悩みとどこか重なります。猫のお告げを受け取った彼らが、少しずつ前を向いていく姿に、静かに勇気づけられるのです。
青山美智子さんの作品に共通する「じんわりあたたかい読後感」は、本作でも健在です。読後、ふと顔を上げたとき、日常の風景がほんの少しだけやさしく見える。そんな体験をさせてくれる一冊です。猫が好きな方にも、日常に疲れた方にもおすすめします。
『夜は猫といっしょ 1』キュルZ(KADOKAWA)
SNSで爆発的な人気を集め、アニメ化もされた猫コミックエッセイの決定版です。猫と暮らすフータの日常が、愛猫キュルガの視点を交えながら描かれます。「疲れて帰ってきた夜は、猫と過ごしたい」——そんな何気ない幸せが、一コマ一コマに詰まっています。
本作の魅力は、猫の生態をとにかくリアルに、それでいて愛らしく描き出しているところです。箱に入りたがる猫、突然走り出す猫、飼い主の布団の上で寝る猫、呼んでも来ない猫。猫を飼ったことのある方なら「わかる!」と膝を打つ場面の連続でしょうし、飼ったことのない方も「猫ってこういう生きものなのか」と新鮮な発見があるはずです。
文章中心の小説やエッセイとは趣が異なりますが、猫との暮らしの楽しさとかけがえのなさを伝えるという点では、どの作品にも引けを取りません。一巻を読み終えたが最後、続きの巻に手を伸ばさずにはいられなくなることを、先にお伝えしておきます。
『猫にかまけて』町田康(講談社)
パンクロッカーにして芥川賞作家という異色の経歴を持つ町田康さんが、自宅で暮らす猫たちとの日々を綴ったエッセイです。「私には猫は人間より遥かに優れていて、神仏に近い存在であるようにみえてならないのだ」——そんな一文から始まる本書は、猫への敬意と愛情が溢れんばかりに詰まっています。
登場する猫たちは、とにかく個性的です。気難しい猫、甘えん坊の猫、病気を抱えた猫。町田さんはそのすべてを受け入れ、振り回され、ときに途方に暮れながら、猫たちとの暮らしを全力で楽しんでいます。猫の世話をするくだりは、おかしくもあり、同時にどこか厳粛でもあります。命あるものと暮らすとはどういうことか、その重みと喜びが飄々とした文体の奥に確かに感じられるのです。
文章のリズムが独特で、読んでいるだけで気持ちがほぐれるような心地よさがあります。猫エッセイの名作は数多くありますが、「笑えて、泣けて、考えさせられる」という三拍子が揃った本作は、その中でも特別な一冊です。シリーズ全四巻が刊行されており、猫好きの方にはすべて読破していただきたいところです。
『100万回生きたねこ』佐野洋子(講談社)
1977年に刊行されて以来、半世紀近くにわたって読み継がれている絵本の名作です。小説やエッセイとはジャンルが異なりますが、「猫の文学」を語るうえでこの一冊を外すわけにはいきません。子どもから大人まで、読むたびに異なる感動を与えてくれる普遍的な作品です。
100万回死んで、100万回生きたとらねこがいました。王様の猫になり、船乗りの猫になり、手品師の猫になり——何度生まれ変わっても、とらねこは誰のことも好きになりませんでした。自分のことだけが好きだったのです。ところがあるとき、一匹の白い猫に出会います。白い猫は、とらねこに見向きもしません。とらねこは初めて、自分以外の存在を愛するようになります。
これは、愛とは何かを問う物語です。所有されることでも、自分を誇ることでもなく、誰かを本当に愛し、その喪失を受け入れたとき、初めて命は完結する。そうした深い主題が、佐野洋子さんの力強くシンプルな絵と言葉で描かれています。絵本だからとあなどることなく、ぜひ一度手に取ってみてください。きっと、ページを閉じたあとも長く心に残るはずです。
おわりに
猫が出てくる作品を10冊ご紹介してきました。振り返ってみると、猫は文学の中で実にさまざまな役割を果たしていることに気づきます。人間を観察する語り手であったり、人間関係をかき回すトリックスターであったり、喪失と愛を象徴する存在であったり。猫は自由で、猫は気まぐれで、そして猫はいつも、人間に何かを考えさせてくれます。
今回の10冊の中に、気になる一冊はあったでしょうか。まだ読んだことのない作品がありましたら、ぜひこの機会に手に取ってみてください。猫好きの方はより一層猫が好きになり、そうでない方も猫の魅力に目覚めてしまうかもしれません。
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