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【正しさに安心する人達へ】

一段深く考えるということ。

方程式をはじめ、公式に当てはめるような計算のように、
社会規範も「守れば正しい」とされる世の中である。
けれど、なぜそうなるのか…その“本当の理由”を、私たちは案外知らないまま生きているのかもしれない。

社会生活を送る上では、そこまで深く考えなくても困らない。
でも、物事を表面だけで判断する癖がついてしまうと、すべてがあらかじめ決められた“テンプレート”のようになっていく。

教育制度は、分かりやすいルールに則って行われる。
だからこそ、単純な理解だけで成り立つルールほど、「一般教養」として広まりやすいのだろう。
それがやがて人々の理想となり、思想となり、
最終的には国民の“民意”として形を取っていく


けれど、そうしたルールに真面目に従い続けた人ほど、
“想定外の出来事”に弱くなるのかもしれない。
何もかもが規定通りに動くことに慣れて、
その中に安心を見出してしまうと、
いざ予期せぬ事態が起きたときに、
柔軟に備えるという発想が消えてしまう


その結果、社会規範に固執し、理念だけを掲げて現実を否定する。
思想を通すために“実力行使”に傾く。
そんな矛盾を抱えた『活動家』になる可能性もある。

そして、真面目な人間ほど理想が裏切られた瞬間に、極端な反応を見せるものだ。

アムロ・レイの言葉のように、
「革命はいつもインテリが起こすが、夢みたいな理想を持ってやるから常に過激なことしかやらない」

ヴィーガンの主張も、根は同じ構造に見える。
“殺生はいけない”という倫理観に囚われすぎると、
人類の発展という恩恵そのものに目を向けられなくなる。
人が飢えから解放され、数を増やし、
文明を築いて豊かになったのは、
肉を食べるという選択の上に成り立っている。

その恩恵の上に、自分自身が存在している。
その“一段深い考え”に至ることができなくなるのではないか。

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