「だって、朝9時から働いてるんだぜ?」──制度と人間のあいだで揺れる倫理

※この記事は約1100文字です。

夜10時、上司がいない隙を見計らい、4人の社員が定食屋へ向かった。

彼らはルールを破ったのか、それとも何かを守ろうとしたのか?

「だって、朝9時から働いてるんだぜ?」

その一言が、倫理の意味を問い直してくる。

序章|これは、ただの“サボり”なのか?

夜10時。

職場を抜け出して定食屋へ向かった4人の社員。

上司の目を盗んでの外出。サボり。ルール違反。
そう言ってしまうのは簡単だ。

けれど、彼らの行動をこう問い直すこともできる。

それは本当に「悪いこと」だったのか?

ある一人が、ぼそっとこう言った。

「だって、朝9時から働いてるんだぜ?」

その一言に、私は黙った。

そしてこう思った。

ああ、これは“逃避”ではなく、“倫理”かもしれない。

第1章|倫理とは「人間であり続けること」である

現代の制度は、ルールに従うことを倫理と呼ぶ。
だが、本当にそうだろうか?

就業時間を守る

指示に従う

勤務中は勝手に外出しない

これらはすべて「規律」ではある。

だが、それだけでは倫理とは言えない。

倫理とは、制度に従うことではなく、
人間であること”を守ろうとする選択である。

第2章|13時間拘束が語る「制度の暴力性」

「朝9時から夜10時まで働いている」

その事実を、私たちはあまりに軽く見すぎていないか?

13時間という長さは、ただの時間ではない。

• 何度も落ちる集中力

• 沈黙していく人間関係

• 食事も忘れてタスクに埋もれる身体

それは、人間性が徐々に消えていく時間でもある。

彼らが外に出たのは、飯を食うためだけではない。

人間であることを思い出すため”の短い亡命だった。

第3章|“逸脱”に宿る、小さな誠実さ

上司がいない間にこっそり抜け出す。

一見すれば、不真面目な行為。

だが、それを一概に否定するのは簡単すぎる。

彼らは職場に声をあげなかった。

でも、足で語った。

つまり、それは「沈黙の告発」だ。

制度の正しさに、人間としての限界を示した。

これはサボりではなく、微細な抵抗である。

第4章|「多めに見る」は、最も知的な対応である

もし、あなたが上司だったらどうするか?

• 怒るか?

• 見逃すか?

答えは、そのどちらでもない。

「読む」ことが必要だ。

なぜ彼らは出て行ったのか?

どこに限界があったのか?

その行動に何が語られていたのか?

それを“読む”ことができる人間だけが、制度を強くできる。

結語|“朝9時から働いてるんだぜ?”は、倫理の声である

この一言は、言い訳ではない。
サボりを正当化するための言葉でもない。

それは、制度と人間のあいだで引き裂かれながらも、
人間であることをあきらめない人の、最後の誠実さだ。

いいなと思ったら応援しよう!

谷博貴の哲学【フォロバ100】 応援よろしくお願いします!いただいたチップは研究費用に回します。