日本は未来を発明していたのか
副題:検索、SNS、ガラケー、TRONが世界標準になれなかった理由
序章|なかったのではなく、育たなかったのではないか
日本から世界を変えるユニコーンは生まれにくい。
そう言うと、私たちはついこう考えてしまう。
日本には発明力がないのではないか。
日本人には挑戦心が足りないのではないか。
日本企業には世界を変える力がないのではないか。
だが、本当にそうなのだろうか。
少し歴史を振り返ると、別の姿が見えてくる。
日本には、検索エンジンがあった。
SNSもあった。
スマートフォン的な携帯電話もあった。
TRONというOS構想もあった。
ライブドアのように、ネット、金融、メディアを接続しようとした企業もあった。
LINEのように、日本の生活インフラにまで深く入り込んだコミュニケーションサービスもあった。
つまり、日本には未来の芽がなかったわけではない。
むしろ、未来の前兆は何度も現れていた。
では、なぜそれらはGoogle、Facebook、iPhone、Windowsのような世界標準にならなかったのか。
ここで問うべきなのは、日本が未来を発明できなかったのか、ということではない。
日本は、未来の部品を持っていた。
だが、それを世界標準の形式へ変換できなかったのではないか。
この記事は、その問いを考えるための続編である。
前の記事では、日本から世界を変えるユニコーンが生まれにくい理由を、未来の異物を育てにくい社会構造として考えた。
今回の記事では、さらに一歩進める。
日本には過去にも、世界標準になり得たかもしれない芽があった。
だが、それらは国内で閉じ、既存秩序にぶつかり、あるいは世界へ開く前に別の形へ吸収されていった。
それは失敗だったのか。
それとも、日本型技術の生息場所を示していたのか。
第1章|検索エンジンはあった――だがGoogleにはならなかった
インターネットの入口は、検索である。
情報が増えれば、人は探さなければならない。
探せなければ、情報は存在していないのと同じになる。
だから検索エンジンとは、単なる便利な道具ではない。
世界への入口である。
日本にも、検索の芽はあった。
1990年代には、ODiN、TITAN、千里眼、gooなど、日本発の検索サービスが存在した。
まだGoogleが世界を覆い尽くす前に、日本にも「情報を探す」「整理する」「入口を作る」という発想はあった。
つまり、日本は検索という未来に気づいていなかったわけではない。
だが、日本の検索エンジンは、Googleにはならなかった。
なぜか。
技術だけの問題ではない。
検索とは、検索窓を作ることではない。
世界中の情報を収集し、順位づけし、利用者の意図を読み、広告市場と接続し、開発者と企業と生活者を巻き込みながら、インターネットの入口そのものになることである。
Googleが握ったのは、検索技術だけではない。
人間が世界を知る入口を握った。
ここが大きい。
日本の検索サービスは、国内インターネットの中では意味を持った。
だが、世界中の情報を束ねる標準にはならなかった。
検索の芽はあった。
しかし、それは世界の入口にはならなかった。
ここに、最初の分岐がある。
日本は発明できなかったのではない。
入口を世界化できなかったのである。
第2章|mixiはあった――だがFacebookにはならなかった
SNSも同じである。
日本にはmixiがあった。
mixiは2004年に始まり、日本国内に独特のオンライン共同体を作った。JPCERT/CCも、日本のローカルSNSとしてmixiやGREEが2004年にサービスを開始したと整理している。
そこには、日記があった。
足あとがあった。
コミュニティがあった。
友人関係の可視化があった。
完全な匿名でもなく、完全な実名でもない。
紹介制に近い、内輪性のある人間関係があった。
mixiは、日本人の関係性にかなり合っていた。
誰が見に来たかが分かる足あと機能は、日本的な気配の文化に近かった。
日記を書くことも、コミュニティに所属することも、距離感のあるつながりを作ることも、日本のネット文化に馴染んでいた。
つまり、日本はSNSを知らなかったわけではない。
人間関係をネット上に置くという発想を、かなり早く経験していた。
だが、mixiはFacebookにはならなかった。
Facebookが作ったのは、友人関係のサービスだけではない。
実名制を軸に、大学、職場、広告、アプリ、企業ページ、認証、ログイン、メディア流通を巻き込む、巨大な社会的IDの基盤である。
Facebookは、人間関係を世界標準のデータ構造にした。
一方、mixiは、日本国内の関係性には深く刺さった。
だが、世界中の人間が同じ形式に乗る標準にはならなかった。
ここでも同じことが起きている。
日本にはSNSの芽があった。
しかし、それは世界の人間関係のOSにはならなかった。
国内の空気には合った。
だが、世界標準の形式にはならなかった。
第3章|ガラケーはあった――だがiPhoneにはならなかった
携帯電話は、さらに象徴的である。
日本には、iPhone以前からスマートフォン的な携帯電話があった。
カメラがあり、メールがあり、インターネット接続があり、電子マネーがあり、ワンセグがあり、着うたがあり、絵文字があり、QRコードがあり、アプリに近いサービスもあった。
NTTドコモは1999年2月にiモードを開始し、同社の沿革でも「世界初のモバイルインターネットサービス・プラットフォーム」と位置づけている。
つまり、日本の携帯電話は、単なる古い電話ではなかった。
当時としては、かなり高度なモバイル情報端末だった。
日本には、スマホ型の携帯電話はあった。
だが、それはスマホにはならなかった。
より正確に言えば、日本の携帯電話は、世界標準のスマートフォンにはならなかった。
なぜか。
日本の携帯電話は、日本の通信キャリア、日本語入力、日本の生活習慣、日本の決済、日本のコンテンツ市場に深く最適化されていた。
国内では便利だった。
国内では高度だった。
国内では十分に完成していた。
しかし、その完成度が、そのまま世界へ開かれる形式にはならなかった。
iPhoneが作ったのは、単なる高性能な携帯電話ではない。
世界中の開発者がアプリを作り、世界中のユーザーが同じ操作体系に乗り、通信キャリアではなくOSとアプリストアが主導権を持つ、新しい市場の形式である。
日本の携帯電話は、機能では先に進んでいた。
だが、世界共通のプラットフォームにはならなかった。
ここに、日本型技術の問題が凝縮されている。
日本は、生活の細部に先回りして機能を実装することができる。
だが、それを世界中の人間が乗れる形式へ開くところで弱くなる。
未来の機能はあった。
だが、未来の標準にはならなかった。
スマホ型の携帯電話はあった。
けれど、それはiPhoneにはならなかったのである。
第4章|TRONはあった――だがWindowsにはならなかった
OSもそうである。
日本にはTRONがあった。
TRONとは、単なる一つのOS名というより、1980年代に始まったコンピュータ・アーキテクチャ構想であり、用途に応じたOSファミリーでもある。
TRON Forumは、TRONプロジェクトが1984年から用途分野に応じたOS仕様を検討・公開してきたと説明している。
重要なのは、TRONが失敗した技術ではないということだ。
TRON系のリアルタイムOSは、組込み機器の世界で広く使われてきた。
IEEE Milestoneの説明でも、TRONリアルタイムOSファミリーは、航空宇宙、産業機器、自動車、家電など、世界中の組込み機器に採用されてきたとされている。
つまり、TRONは消えたのではない。
見えない場所で生き残った。
自動販売機、家電、車載機器、産業機械のように、人間がOSの名前を意識しない場所で、TRON的な思想は機能してきた。
だが、TRONはWindowsにはならなかった。
より正確に言えば、TRONは世界中の個人が同じ画面を開き、同じアプリを使い、同じファイル形式で仕事をするための汎用OSの標準にはならなかった。
ここに、日本型技術の特徴がある。
日本は、見えない場所の制御に強い。
機械の中に入り込む。
家電の中に入り込む。
工場の中に入り込む。
社会の裏側で、正確に、安定して、長く動く。
この能力は非常に高い。
しかし、世界中の人間がその上にアプリを作り、企業がその上にビジネスを作り、学校がその操作を教え、社会がその形式に依存するような、表側のプラットフォームにはなりにくかった。
Windowsは、単なるOSではなかった。
それは、世界中のソフトウェア開発者、企業、学校、行政、家庭が乗る共通の作業台だった。
OSが勝つとは、技術的に優れていることだけではない。
その上で誰がソフトを作るのか。
誰が使うのか。
どの企業が採用するのか。
どの学校が教えるのか。
どのファイル形式が標準になるのか。
どの国の言語で説明されるのか。
そうした生態系全体を握ることである。
TRONには思想があった。
技術もあった。
組込みでの実績もあった。
だが、世界の作業台にはならなかった。
TRONは、世界を動かす裏側にはなった。
だが、世界が乗る表側にはなれなかった。
これもまた、日本型ユニコーンの問題をよく示している。
第5章|ライブドアはあった――だがネットとメディアの標準にはならなかった
ライブドアも、重要な存在である。
ただし、ライブドアを現在の意味でのユニコーン企業と呼ぶのは正確ではない。
ユニコーンとは、評価額10億ドル以上の未上場スタートアップを指す言葉だからである。
ライブドアは、その定義とはずれる。
だが、日本社会が破壊的な成長企業をどう受け止めたのかを示す象徴としては、非常に重要である。
ライブドアは、ネット、金融、メディア、買収、時価総額、情報流通を結びつけようとした。
放送局買収は、単なる企業買収ではなかった。
情報の入口を誰が握るのかという問いだった。
当時の日本社会にとって、それはあまりに速く、あまりに不気味で、あまりに生意気に見えた。
もちろん、ライブドア事件には法的問題があった。
それをなかったことにはできない。
だが同時に、あの事件は、日本社会が速すぎる成長と古い秩序への侵入をどう処理したかを示す事件でもあった。
そこから多くの挑戦者が学んだのは、法律を守れという教訓だけではなかった。
目立ちすぎるな。
怒らせるな。
空気を読め。
高く飛びすぎるな。
この心理的な後遺症は大きかった。
日本のスタートアップは、破壊者というより、調整者として振る舞うようになった。
業界を壊すのではなく、業界を助ける。
秩序を揺らすのではなく、秩序に導入される。
社会を変えるのではなく、現場の効率を上げる。
それは悪いことではない。
だが、世界を書き換えるユニコーンは、しばしば最初に秩序を怒らせる。
ライブドアは、日本社会に未来の異物として現れた。
だが、その異物は世界標準になる前に、国内秩序との衝突として処理された。
ここにも、日本型の限界が見える。
未来の問いはあった。
だが、それは世界へ出る前に、国内の関係性の中で燃え尽きた。
第6章|LINEは生活インフラになった――だが世界OSにはならなかった
LINEは、また別の意味で重要である。
LINEは2011年に始まり、日本のスマートフォン時代において、コミュニケーションの標準そのものになった。
現在のLINEヤフーの沿革でも、2011年6月にLINEアプリが開始されたこと、また2012年にNHN Japan、Naver Japan、livedoorが経営統合したことが記録されている。
つまり、ライブドアの系譜は、NHN Japanによる買収や再編を経て、のちのLINEを含む企業史の中へ吸収されていった。
ここは雑に「ライブドアがLINEになった」と言い切るべきではない。
だが、ネット企業史の流れとして、ライブドア的なものがLINEを含む企業史の中に吸収されていった、と見ることはできる。
LINEは、日本では圧倒的な生活インフラになった。
家族との連絡。
友人との会話。
学校や職場の連絡。
地域の連絡網。
企業アカウント。
スタンプ。
決済。
ニュース。
行政情報。
LINEは、単なるチャットアプリではなく、日本社会の連絡の基盤になった。
この意味で、LINEは非常に強かった。
日本人の生活に深く入り込んだ。
だが、LINEは世界OSにはならなかった。
世界中の人間関係を束ねる形式になったのは、WhatsApp、Facebook Messenger、Instagram、WeChatなど、別の巨大圏だった。
LINEは、日本や一部アジア圏で非常に強かった。
しかし、世界全体のコミュニケーション標準にはなりきれなかった。
ここにも、日本型の特徴がある。
国内で深く刺さる。
生活に入り込む。
細かい感情表現やスタンプ文化を作る。
しかし、世界全体を覆う形式にはなりにくい。
日本のサービスは、国内の文脈に深く適応する。
その深さが強みである。
だが、その深さが、世界へ広がる軽さを奪うこともある。
第7章|なぜ日本は「機能」を作れても「標準」を作れないのか
ここでいう標準とは、単に技術仕様のことではない。
人々が使い、企業が採用し、開発者が集まり、資本が流れ、学校や行政や取引先までがその形式に乗る状態のことである。
技術が優れていることと、標準になることは同じではない。
ここまで見てくると、ひとつの構造が見えてくる。
日本には、未来の芽が何度もあった。
検索の芽。
SNSの芽。
スマートフォン的な携帯の芽。
OS構想の芽。
ネットとメディアを接続する芽。
スマートフォン時代の生活インフラの芽。
だが、それらは世界標準になりきれなかった。
なぜか。
第一に、国内最適化が強すぎた。
日本の技術やサービスは、日本の生活、日本語、日本の商習慣、日本の通信キャリア、日本の品質感覚、日本の関係性に深く適応する。
これは強みである。
だが、世界へ出るには、一定の雑さ、単純さ、開放性、共通形式が必要になる。
国内で便利すぎるものは、世界に持ち出すと重くなることがある。
第二に、プラットフォーム化が弱かった。
機能を作ることと、標準を作ることは違う。
カメラを付けることと、アプリ市場を作ることは違う。
検索サービスを作ることと、世界の広告市場を握ることは違う。
SNSを作ることと、世界のID基盤になることは違う。
OSを作ることと、開発者、企業、学校、行政が乗る作業台になることは違う。
日本は、機能を作ることに強い。
だが、機能を束ねて市場の形式にすることは、相対的に弱かった。
第三に、失敗と逸脱への耐性が低かった。
未来の標準を作る企業は、最初はしばしば異物に見える。
危ない。
生意気だ。
既存秩序を壊す。
誰かに迷惑をかける。
そう見える。
もちろん、詐欺や違法行為を許してよいわけではない。
だが、異物をすぐに処理する社会では、未来も処理される。
第四に、資本と物語が弱かった。
世界標準になるには、技術だけでは足りない。
資本が必要である。
英語圏への接続が必要である。
世界中の開発者を巻き込む必要がある。
投資家を説得する物語が必要である。
国家や企業が採用したくなる安心感も必要である。
そして何より、その形式に乗れば未来が開ける、と思わせる力が必要である。
日本はよく作る。
丁寧に作る。
現場に合わせて作る。
長く使えるものを作る。
だが、世界に向けて「この形式に乗れ」と言い切る力は弱い。
ここに、日本型技術の悲しさがある。
作れる。
だが、握れない。
支えられる。
だが、入口になれない。
深く実装できる。
だが、世界の表側に立ちにくい。
もちろん、これは日本だけの失敗ではない。
英語圏の市場規模、米国の資本市場、大学と軍事研究、移民人材、ベンチャーキャピタル、ソフトウェア文化が結びついたアメリカ側の生態系が、あまりにも強かったことも大きい。
第8章|日本型技術は、世界の裏側に生息している
では、日本型技術はどこに生息しているのか。
それは、世界の裏側である。
工場の中。
物流の中。
家電の中。
車載機器の中。
医療機器の中。
介護の現場。
防災インフラ。
農業機械。
素材開発。
エネルギー制御。
水処理。
ロボティクス。
日本の技術は、しばしば人間が名前を意識しない場所で強い。
ボタンを押せば動く。
壊れにくい。
安全に止まる。
長く使える。
現場に馴染む。
手順に組み込まれる。
生活の裏側を支える。
この強さは、決して小さくない。
むしろ、文明を支えるには極めて重要である。
だが、ユニコーンになるには、裏側を支えるだけでは足りない場合がある。
表側の入口を握る必要がある。
世界中の人が、その形式に乗る必要がある。
開発者が集まり、企業が集まり、資本が集まり、言語が集まり、市場が生まれる必要がある。
つまり、裏側の技術を、表側の標準へ翻訳しなければならない。
ここに、日本の次の課題がある。
日本型ユニコーンは、米国型のように世界を派手に壊す企業ではないかもしれない。
むしろ、老い、災害、人手不足、医療、介護、物流、食料、水、エネルギーといった、文明の根に近い場所から生まれる可能性がある。
日本の弱点は、世界の未来課題でもある。
少子高齢化は、日本だけの問題ではない。
災害も、日本だけの問題ではない。
人手不足も、日本だけの問題ではない。
医療費の増大も、物流の逼迫も、食料不安も、エネルギー制約も、日本だけの問題ではない。
日本が先に苦しんでいるものは、やがて多くの国が直面する可能性がある。
だとすれば、日本型ユニコーンの生息地は、日本の弱点そのものの中にある。
弱点を恥じるのではなく、未来の市場として読み替えられるか。
限界を、世界標準へ変換できるか。
そこに、日本型ユニコーンの可能性がある。
終章|日本は未来を発明できなかったのではない
日本は未来を発明できなかったのではない。
むしろ、未来の部品をいくつも持っていた。
検索はあった。
SNSはあった。
スマートフォン的な携帯電話はあった。
TRONというOS構想もあった。
ライブドアのように、ネットとメディアの再編を早く問いにした企業もあった。
LINEのように、日本の生活インフラにまで深く入り込んだサービスもあった。
問題は、芽がなかったことではない。
芽を世界の森にできなかったことである。
日本は、国内の庭でよく育てる。
丁寧に育てる。
細部まで作り込む。
現場に合わせる。
生活に馴染ませる。
だが、その庭を世界へ開くことが苦手だった。
国内で便利なものを、世界の形式へ変換すること。
深い技術を、開かれた標準へ変換すること。
裏側の制御を、表側のプラットフォームへ変換すること。
現場の課題を、世界の未来課題として語り直すこと。
ここが弱かった。
だから、これから日本に必要なのは、単にもっと発明することではない。
発明を標準にする力である。
機能を市場にする力である。
技術を物語にする力である。
現場を世界へ翻訳する力である。
日本には、世界を支える技術がある。
だが、世界を支えるだけでは、世界のルールは握れない。
支える技術を、世界が乗る形式へ変えられるか。
そこに、日本型ユニコーンの次の可能性がある。
最終命題
日本は未来を発明できなかったのではない。
未来の部品を先に持ちながら、それを世界標準の形式へ変換できなかったのである。
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