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役割には責任があり 支配が混じる

副題
仮面には礼儀があり 品には境界線がある

はじめに

人は、正しい顔をしながら人を支配することがある

優しい顔をしながら嘘をつくことがある

品のある顔をしながら、他人を見下すことがある

人は一つの顔だけで生きているわけではない

職場での自分
家庭での自分
友人の前での自分
誰かを助けるときの自分
誰かから距離を取るときの自分
黙っているときの自分
怒りを飲み込んだときの自分

そのどれもが自分であり
そのどれもが自分そのものではない

人間は社会の中で生きる以上
いくつもの層をまとっている

役割
仮面


この三つを分けて考えないと
人はすぐに苦しくなる

役割を自分そのものだと思えば
責任に潰される

仮面をすべて嘘だと思えば
礼儀を失う

品をただの上品さだと思えば
境界線を見失う

けれど
この三つは綺麗な徳目ではない

役割には責任がある
しかし支配も混じる

仮面には礼儀がある
しかし嘘も混じる

品には境界線がある
しかし傲慢さも混じる

人間の難しさは
この混じりものを完全には消せないところにある


役割には責任がある


役割とは
社会の中で与えられた位置である


上司
部下
先輩
後輩

店員
書き手
読者

それぞれの場には
求められる振る舞いがある

親には親としての責任がある
上司には上司としての責任がある
書き手には書き手としての責任がある
友人には友人としての責任がある

役割を持つということは
その場に対して何かを引き受けるということだ

けれど
責任とは自己犠牲ではない

役割を果たすことと
自分を消すことは違う

ここを間違えると
役割は呪いになる

自分は親だから
自分は上司だから
自分は先輩だから
自分は責任者だから

そうやって役割を背負いすぎると
人は自分の感情を置き去りにする

逆に
役割を軽く見すぎれば
それは無責任になる

自分はそんなつもりではない
自分はただの個人だ
自分は自由に振る舞っただけだ

そう言いながら
誰かに負荷を押しつけることもできてしまう

だから役割には責任がある

それは
自分を縛るためではなく
その場を壊さないためにある


役割には支配が混じる


けれど
役割は危うい

役割を持った人間は
いつの間にか自分が上にいると錯覚する

本来は場を支えるための位置だったはずなのに
それが相手を従わせる権利のように変わっていく

親だから従え
上司だから黙れ
先輩だから聞け
正しいことをしているのだから受け入れろ

こうなると
役割は責任ではなく支配になる

役割の危険は
自分の人格を制度で水増ししてしまうことにある

その人が偉いのではない
その位置に機能があるだけだ

けれど人は
役割の高さを
自分の価値の高さだと勘違いする

ここで支配が生まれる

責任を果たしているつもりで
相手の自由を奪う

指導しているつもりで
相手の尊厳を削る

守っているつもりで
相手の人生を所有する

役割は必要だ

しかし
役割はいつでも支配に変わりうる

だから必要なのは
役割を捨てることではない

役割の中に支配が混じることを知ったうえで
それでも責任の側へ戻り続けることだ


仮面には礼儀がある


仮面とは
嘘の顔ではない

むしろ
自分の感情をそのまま他人にぶつけないための膜である

本当は疲れていても
最低限の対応をする

本当は怒っていても
相手を壊さない言葉を選ぶ

本当は傷ついていても
場を壊さないように振る舞う

本当は怖くても
必要な場では踏みとどまる

これは偽善ではない

人が社会の中で共に生きるためには
内面をそのまま垂れ流さない技術が必要になる

仮面がない人は
正直なのではない

場合によっては
自分の感情を他人に処理させているだけかもしれない

怒ったから怒鳴る
傷ついたから刺す
不機嫌だから場を汚す
嫌いだから雑に扱う

それは本音ではなく
未整理の感情である

仮面には礼儀がある

それは
自分を偽るためではなく
他者を雑に扱わないためにある


仮面には嘘が混じる


けれど
仮面もまた危うい

仮面は簡単に嘘になる

平気なふり
優しいふり
理解しているふり
反省しているふり
何もなかったふり

場を壊さないための形式が
いつの間にか
自分を守るための偽装に変わる

本当は向き合うべきなのに
穏やかな顔で逃げる

本当は責任があるのに
丁寧な言葉で曖昧にする

本当は傷つけたのに
礼儀正しい態度で済ませようとする

こうなると
仮面は礼儀ではなく嘘になる

仮面の難しさは
それが必要なものであるほど
偽装にも使えてしまうところにある

だから
仮面を全部捨てればいいわけではない

むしろ
仮面を持たない人間ほど危ういこともある

大切なのは
仮面を使いながら
仮面の奥にある責任から逃げないことだ

礼儀は必要だ

けれど
礼儀を盾にして
本心や責任を隠してはいけない


品には境界線がある


品とは
綺麗な言葉遣いのことではない

育ちの良さだけでもない
所作の美しさだけでもない
上品そうに見えることでもない

品とは
踏み越えない感覚である

怒っても
相手の人格までは壊さない

拒絶しても
侮辱まではしない

勝っても
踏みにじらない

傷ついても
世界ごと汚さない

優しくしても
相手の人生を所有しない

正しくても
相手を処刑しない

ここに品がある

品とは
自分の力に対する境界線である

自分の怒りに対する境界線である

自分の正しさに対する境界線である

自分の愛に対する境界線である

どれだけ理由があっても
越えてはいけない線がある

どれだけ傷ついても
やってはいけないことがある

どれだけ正しくても
相手を雑に扱っていい理由にはならない

だから品には境界線がある


品には傲慢さが混じる


けれど
品もまた危うい

品は簡単に傲慢さへ変わる

自分は感情的にならない
自分は下品なことをしない
自分はあの人たちとは違う
自分はもっと高い場所から見ている

そう思った瞬間
品は慎みではなく優越感になる

本来の品は
踏み越えないための境界線だったはずだ

けれど
それが他者を見下す高さに変わることがある

あの人は品がない
あの人は未熟だ
あの人は感情的だ
あの人はわかっていない

そうやって
品の名を借りて
他人を下に置くことができてしまう

これもまた
品の影である

本当の品は
自分を高く見せるためにあるのではない

自分の中にある暴力性を
これ以上外へ出さないためにある

だから品とは
美しさではなく
抑制なのだと思う


三つは綺麗な徳目ではない

役割は、社会の中で与えられる位置である
仮面は、他者と関わるための膜である
品は、自分の力を踏み越えさせない抑制である

つまりこの三つは
外から与えられるもの
人との間に置くもの
内側から自分を止めるもの
として働いている

だからこそ
どれも必要で
どれも危うい

役割には責任がある
けれど支配が混じる

仮面には礼儀がある
けれど嘘が混じる

品には境界線がある
けれど傲慢さが混じる

この三つは
どれも必要で
どれも腐敗する

だから人間は難しい

責任を持とうとすれば
支配してしまうことがある

礼儀を尽くそうとすれば
嘘になってしまうことがある

境界線を守ろうとすれば
傲慢になってしまうことがある

それでも
だからといって
責任も礼儀も境界線も捨てていいわけではない

混じりものがあるから偽物なのではない

混じりものに気づかないまま
それを正しさとして振り回すことが危ういのだ


おわりに


成熟とは
綺麗になることではない

自分の中に支配が混じると知ること

自分の中に嘘が混じると知ること

自分の中に傲慢さが混じると知ること

そのうえで
なお責任の側へ戻ること

なお礼儀の側へ戻ること

なお境界線の側へ戻ること

人は役割なしには社会に立てない

人は仮面なしには他者と関われない

人は品なしには力や感情を扱えない

けれど
それらはいつでも腐敗する

だから私たちは
完全な人間になるのではなく
戻り続ける人間であるしかない

役割を引き受ける

仮面を使いこなす

品によって踏み越えない

その三つが揃ったとき
人はようやく
自分を消さず
他人を壊さず
社会の中に立つことができる

成熟とは
濁りを消した人間になることではない

自分の中に混じる
支配

傲慢さを知りながら

それでも
責任
礼儀
境界線の側へ戻り続けることである


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