人生とは、因果を渡し直し、力を再配置することである



副題
受け取ったものと失ったものから、人はもう一度、自分の形を作り直していく

はじめに


人は、自分ひとりで人生を作っているわけではない

誰かから受け取ったものがある


痛み
言葉
沈黙
怒り
後悔
記憶
期待
失望
祈り

それらは、自分の中に入り、時間をかけて形を変える

あるものは優しさになる

あるものは怒りになる

あるものは問いになる

あるものは文章になる

あるものは、別の誰かへ投げ返されてしまう

同時に、人は失う

人を失う

場所を失う

若さを失う

関係を失う

役割を失う

思い描いていた未来を失う

だが、失ったものへ向かっていた力は、完全には消えない

それは自分の中へ戻ってくる

愛したい力

守りたい力

怒りたい力

書きたい力

知りたい力

整えたい力

もう一度意味を作りたい力

人生とは、受け取った因果をどう渡し直すかであり、失った対象から戻ってきた力をどう再配置するかである

たぶん、人間の成熟はそこにある

第一章
人は、受け取ったものをそのまま返してしまう


人は、受け取ったものに反射しやすい

怒りを向けられれば、怒りで返したくなる

疑われれば、疑い返したくなる

見下されれば、見下し返したくなる

傷つけられれば、別の誰かを傷つけたくなる

それはある意味では自然なことだ

受け取ったものを、そのまま返せばいいからだ

痛みを痛みで返す

不信を不信で返す

拒絶を拒絶で返す

軽蔑を軽蔑で返す

これは簡単である

けれど、その瞬間、人は自分で生きているようで、実は受け取った因果に動かされている

相手の怒りが、自分の怒りになる

相手の雑さが、自分の雑さになる

相手の不誠実が、自分の不誠実になる

つまり、自分の人生の舵を、受け取った因果に握らせてしまう

ここで問われるのは、善人か悪人かではない

受け取ったものを、そのまま次へ流すのか

それとも、自分のところで一度止めるのか

そこに、人間の分かれ目がある


第二章
因果応報とは、行為がそのまま返ることではない


因果応報という言葉は、よく単純な道徳として語られる

善いことをすれば、善いことが返ってくる

悪いことをすれば、悪いことが返ってくる

けれど、現実の人間関係はそれほど単純ではない

親切にしたのに、嫌われることがある

正しいことを言ったのに、恨まれることがある

逆に、厳しい言葉を向けられたのに、後から感謝することもある

なぜそうなるのか

返ってくるのは、行為そのものではないからだ

返ってくるのは、その行為によって相手の内面に生じたものである

同じ言葉でも、ある人には救いになる

別の人には侮辱になる

同じ沈黙でも、ある人には配慮として届く

別の人には拒絶として届く

人は、相手の行為をそのまま受け取っているわけではない

自分の記憶を通して受け取る

過去の傷を通して受け取る

期待や恐れや欲望を通して受け取る

だから因果応報とは、自分の行為が機械的に返る現象ではない

自分が他者に生じさせたもの

自分の内側に沈めたもの

自分が受け取ってしまった痛み

それらが、関係や記憶を通って、形を変えて現れることなのだと思う


第三章
誠実とは、因果を雑に渡さないこと


では、誠実とは何か

ただ嘘をつかないことだろうか

約束を守ることだろうか

優しくすることだろうか

もちろん、それらも誠実の一部ではある

けれど、もっと深いところで言えば、誠実とは、自分の因果を他者へ雑に渡さないことだと思う

自分の怒りを、他者の世界へ流さない

自分の不安を、相手への支配に変えない

自分の孤独を、誰かへの依存として押しつけない

自分の痛みを、別の誰かへの攻撃として再演しない

自分が抱えきれないものを、相手に背負わせて終わりにしない

これは簡単ではない

嘘をつけば利益を得られることがある

悪者を作れば痛みを整理できることがある

不誠実になれば因果を他者へ渡せることがある

器用に振る舞えば、共同体の中で無害な存在として残れることもある

けれど、それを選ぶたびに、自分の人生は少しずつ薄くなる

だから誠実とは、きれいな人間であることではない

不完全なままでも、自分の因果を他者へ雑に流さないようにすることだ

そして、流してしまったときには、そこから目を逸らさないことだ

人は、受け取った因果だけを抱えているわけではない
同時に、失ったものから戻ってきた力も抱えている
だから人生には、二つの成熟がある
受け取ったものを雑に渡さない成熟
失ったものから戻った力を、どこへ置くかを選ぶ成熟


第四章
失ったものは、力として戻ってくる


人は失う

若さを失う

時間を失う

関係を失う

居場所を失う

かつての自分を失う

大切だった人を失う

思い描いていた未来を失う

そのとき、人は空白を感じる

だが、その空白はただの穴ではない

そこには、かつて対象へ向かって流れていた力が戻ってきている

愛していた人を失えば、愛したい力が戻ってくる

守っていた人を失えば、守りたい力が戻ってくる

怒りを向けていた相手を失えば、怒る力が戻ってくる

期待していた未来を失えば、期待する力が戻ってくる

書けなかった言葉が残れば、書きたい力が戻ってくる

だから喪失のあと、人は重くなる

失ったものが重いのではない

戻ってきた力が重いのだ

この力は、放っておくと腐る

怒りになる

未練になる

執着になる

支配になる

自己憐憫になる

他人への要求になる

けれど、うまく置き換えられれば形になる

文章になる

生活になる

責任になる

美学になる

優しさになる

思想になる

作品になる

喪失とは、終わりではない

喪失とは、対象へ向かっていた力が、自分の中へ回収されることである


第五章
人生は、回収された力の再配置である


失恋のあとに仕事へ向かう人がいる

孤独のあとに創作へ向かう人がいる

怒りのあとに思想へ向かう人がいる

喪失のあとに部屋を整える人がいる

傷ついたあとに、誰かを守る側へ回る人がいる

それらはすべて、回収された力の再配置である

人は、失ったものをそのまま取り戻すことはできない

死んだ人は戻らない

過ぎた時間は戻らない

別れた関係は、同じ形では戻らない

若さも戻らない

選ばなかった道も戻らない

しかし、そこへ向かっていた力は残る

問題は、その力をどこへ置くかである

怒りに置くのか

執着に置くのか

文章に置くのか

生活に置くのか

仕事に置くのか

祈りに置くのか

沈黙に置くのか

誰かを守る手に置くのか

そこに、人間の形が出る

だから人生とは、単に何かを得る過程ではない

失ったあとに戻ってきた力を、どこへ再配置するかの連続でもある


第六章
器とは、力を破裂させずに抱える容量である


回収された力は強い

だから、人はすぐに何かで埋めようとする

寂しいから誰かを求める

不安だから買い物をする

怒っているから敵を作る

空白が怖いから予定を詰める

意味が欲しいから物語を作る

それ自体が悪いわけではない

人は、空白に耐え続けられるほど強くはない

けれど、戻ってきた力をすぐに外へ漏らすと、人生は荒れる

欲望になる

依存になる

支配になる

浪費になる

破壊になる

だから器が必要になる

器とは、何も欲しがらないことではない

強い欲を持ちながら、それをすぐに破裂させないことである

失ったものを失ったと認める

欲しいものを欲しいと認める

戻ってきた力の重さを認める

それでも、その力を雑に他人へぶつけない

生活を壊さない

自分を腐らせない

これが器である

器とは、空白を空白のまま置いておける容量でもある

すぐに埋めない

すぐに返さない

すぐに裁かない

すぐに悪者を作らない

この遅さの中で、人は自分の生き方を選び直す


第七章
甲斐性とは、力を形に変える技術である


器が内側の容量だとすれば、甲斐性は外側の制御である

矛盾を抱えるのが器である

その矛盾を生活の中に収めるのが甲斐性である

欲しい

だから買う

これだけでは弱い

欲しい

だから考える

置き場を作る

使い道を決める

手放すものを決める

生活に入れる

無理なら見送る

ここまでできて、ようやく甲斐性になる

これは物の話だけではない

愛したい

だから依存する

では弱い

守りたい

だから支配する

では弱い

怒っている

だから壊す

では弱い

寂しい

だから誰かで埋める

では弱い

本当の甲斐性とは、戻ってきた力をそのまま漏らすのではなく、形に変える力である

皿に移せば蒐集になる

言葉に移せば思想になる

仕事に移せば責任になる

誰かに移せば愛になる

怒りに移せば破壊になる

未練に移せば停滞になる

同じ力でも、移す先によって人生は変わる

だから甲斐性とは、力の配置技術である


終章
受け取ったものを、どう渡し直すか


人は、受け取ったものだけで決まるわけではない

失ったものだけで決まるわけでもない

受け取ったものを、どう渡し直したか

失ったものから戻ってきた力を、どう再配置したか

そこに、その人の人生が現れる

愛されたから、必ず優しくなるわけではない

傷つけられたから、必ず誰かを傷つけるわけでもない

失ったから、必ず壊れるわけでもない

人は、受け取ったものに決定されるわけではない

けれど、無関係ではいられない

だから選ぶ

受け取った愛を、誠実として渡し直す

受け取った痛みを、問いとして渡し直す

受け取った声を、倫理として渡し直す

受け取った後悔を、文章として渡し直す

失った対象から戻ってきた力を、生活へ置く

創作へ置く

責任へ置く

沈黙へ置く

祈りへ置く

空白のまま抱える

ここに、人間の自由がある

自由とは、何も受け取らないことではない

何も失わないことでもない

受け取ってしまったもの

失ってしまったもの

そこから戻ってきた力

それらを、どう変換し、どう渡し直し、どこへ配置するかを選ぶことだ

人は世界を支配できない

相手の受け取り方も、結果も、運も、死に方さえも完全には選べない

それでも、自分が何をどう差し出すかだけは選ぶことができる

人生とは、受け取った因果をどう渡し直すかであり、失った対象から戻ってきた力をどう再配置するかである

その連続が、最後に一つの作品になる

人生を作品にするとは、美しい人生にすることではない
受け取ったものと失ったものを、雑に投げ返さず、自分の選択を通して形にすること


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