アンチョビはゲームチェンジャーにはなれない

パセリくらい用意しておけばよかった。

ここ数ヶ月、ペペロンチーノの研究をしていた

ペペロンチーノは、初心者でも手を出しやすい料理として語られやすい
けれど実際に向き合ってみると、かなり奥が深い

単に麺に油とにんにくを絡める料理ではない
もっと正確に言えば、オイルと塩とにんにくを軸にした、ひとつの設計なのだと思う

言ってしまえば、ドレッシングに近い
オイルベースなのか
乳化ベースなのか
あるいは、にんにくをクリーム状にするのか

同じペペロンチーノと呼ばれていても、実際の中身はかなり違う

日本では乳化がかなり神格化されている印象がある。

乳化していないと未完成、みたいな空気すらある

でも本場では、必ずしもそうではないらしい
実際、家庭ごとにかなり違うレシピがある。

つまり、正解が一つに固定されている料理ではない。

むしろ、この料理の本質は、決まった答えを再現することではなく
どこに重心を置くかを決めることにあるのだと思う

食材ひとつ取ってもそうだ

にんにくなら、自分の感覚では
スペイン産
中国産
日本産
この順で好みだった

日本産のにんにくは、どこか上品すぎる
丁寧で綺麗なのだけれど、ペペロンチーノの土台として考えると、少しおとなしい

塩も同じだ
雪塩は悪くない
でも、あの料理に必要な押しの強さとして考えると、少しパンチが足りない

そうやって少しずつ試していくうちに
先日、カルディでアンチョビを入手した

きっと、何かが大きく変わるのではないか
そういう期待もあった

実際、味は良かった
たしかに旨い
とくにキャベツとの相性はかなり良さそうだった

でも、結論から言うと
アンチョビはゲームチェンジャーにはならなかった

ここは少し大事なところだと思う

アンチョビが駄目だったわけではない
むしろ普通に良い
ただ、それは料理の骨格を変える力ではなかった

変わったのは、全体の底のほうだった
味が数パーセント持ち上がる
輪郭に少し厚みが出る
奥行きが増す

その程度、と言ってしまえば冷たく聞こえるかもしれない
でも、料理ではこの数パーセントが大事だったりもする

問題は、その数パーセントが、主役ではないということだ

アンチョビは、全体を支配する食材ではない
あくまで旨味を補う存在だ

だから、粉チーズでも近い役割は果たせる
タバスコでも別方向から補強できる
しらすでもいい
きのこでもいい

つまり、アンチョビだけが持つ決定的な一撃ではなかった

要は旨味成分なのだと思う

そして旨味というのは厄介で
足せば必ず良くなるわけではない

全体がまとまっていれば、隠し味になる
でも、合わせ方を間違えれば、ノイズにもなる

この違いはかなり大きい

にんにくや塩や油は、多少強くても料理の方向を支える
でもアンチョビは違う
方向を決めるというより、すでに決まった方向に厚みを加えるだけだ

だから、主語にはなれない

ここで改めて思った
ゲームチェンジャーとは何か

それは、部分点を加えるものではない
全体の骨格そのものを変えるものだ

ペペロンチーノで言えば
にんにくの質
オイルの量
塩加減
麺の茹で加減
唐辛子の扱い
乳化させるかどうか

このあたりは料理全体を支配する
だからゲームチェンジャーになれる

アンチョビはそこではない

アンチョビは強い
でも主役ではない

料理を別物に変える力ではなく
すでにある料理の輪郭を、少し濃くする力だ

だから、ハマる時は深みになる
ズレる時はノイズになる

その意味でアンチョビは、革命ではなく補正なのだと思う

たぶん、料理をしていると
新しい食材ひとつで世界が変わる瞬間を期待してしまう

でも実際には、そういうものは少ない

世界を変えるのは、派手な隠し味ではなく
地味な土台だったりする

アンチョビを試してみてわかったのは
結局、最後にものを言うのは
何を足すかより、何を軸にするかだということだった

ペペロンチーノは、やはり単純な料理ではない
だからこそ面白い

少ない要素でできている料理ほど
ごまかしが効かない

そして、ごまかしが効かない料理ほど
その人の考え方が出る

アンチョビはゲームチェンジャーにはなれない
でも、そのことを知れたのは、むしろ収穫だった

主役ではないものを主役だと勘違いしないこと
それは料理だけでなく、案外いろんな場面で大事なのかもしれない


余談

これまで、パスタとアンチョビの関係について考察してきた

その結果として

アンチョビはパスタの主役にはなれず、味の好みや隠し味として使用されているのではないかと考えた

では、アンチョビが主役になれる料理は何か

たぶん、パスタではなくパンだ

アンチョビペーストを作って油でのばし
アヒージョのようにしてパンに塗る
この形なら、もう隠し味ではない

アンチョビそのものを食べる料理になるからだ


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