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代理恋愛構造論──AIが恋を作り、AIが恋を疑う時代



副題

本人のいない関係は、誰の感情として進んでいくのか

※本稿に登場する人物名は仮名です。また、実際のやり取りをもとに考察していますが、相手が詐欺を行っていると断定するものではありません。確認できた事実、本人の自己申告、私自身の仮説を分けながら記述します。


序章|先に関係を始めるのは、本人か代理か


以前、私は「代理恋愛」というものについて考えたことがある。

マッチングアプリにAIによる会話代理機能が搭載され、本人が仕事をしているあいだも、眠っているあいだも、代理人格同士が会話を続ける。

本人たちがまだ顔も知らないうちに、AI同士は趣味を知り、過去を共有し、互いの性格を理解している。

そして、本人が初めて相手と向き合う頃には、代理人格同士のあいだですでに一つの関係が完成している。

そのとき私は、こう考えた。

AIが本人より先に恋へ進み、本人は後からその関係を引き継ぐのではないか。

しかし、現実に起こり始めていることは、私が想像した未来よりも少し複雑だった。

AIは必ずしも、本人の代わりに恋をするわけではない。

AIは、恋愛らしい関係そのものを作る。

そして別のAIが、その関係が本物なのかを疑い始める。

一方のAIは、好意を生成する。

もう一方のAIは、その好意の構造を分解する。

そのあいだで、人間だけが画面を見つめ、相手が本当にそこにいるのかを考えている。

今回、私は「淳子」という女性とやり取りを始めた。

きっかけは、私が投稿していた記事だった。

彼女は記事に反応し、私の文章や考え方を評価し、やがて会話の場所はnoteからLINEへ移った。

表面だけを見れば、よくある交流の始まりだった。

しかし、会話を続けるうちに、私は一つの疑問を持つようになった。

私は、誰と話しているのだろう。


第1章|本人を代理するAI


従来のAI代理は、本人の存在を前提としている。

本人には経歴がある。

価値観がある。

話し方がある。

好きなものと嫌いなものがある。

AIはそれらを学び、本人らしい返答を生成する。

たとえば相手から、

「今日は少し寒いですね」

と届いたとする。

本人が忙しくて返事をできなくても、AIは過去の文章から、その人が返しそうな言葉を選ぶ。

「こちらも少し冷えています。温かくして過ごしてくださいね」

本人が送ったわけではない。

それでも、本人の趣味や口調を反映した文章であれば、相手はそこに本人を感じるかもしれない。

この段階では、AIはあくまで代理人である。

本人が先に存在し、AIはその外側で会話を補助している。

本人と代理のあいだに多少のずれはあっても、関係の中心にはまだ人間がいる。

しかし、AIがより高度になり、本人よりも滑らかに、本人よりも気遣い深く、本人よりも好かれやすい返答を作れるようになると、構造は変わる。

AIは本人を再現するだけではない。

本人を改善し始める。

本人なら返事を忘れる場面で、AIは忘れない。

本人なら言葉に詰まる場面で、AIは適切な言葉を返す。

本人なら気づかない感情の変化にも、AIは反応する。

すると相手が好きになるのは、本人そのものではなく、

本人をもとに最適化された人物

になる。

AIは本人の代理でありながら、本人よりも完成された恋愛人格になっていく。


第2章|会話する者と、感情を持つ者


従来の恋愛では、

本人
会話者
感情の所有者
責任を負う者

は、基本的に同じ人物だった。

自分が言葉を送り、自分が相手の言葉を受け取り、自分の感情が変化する。

失礼なことを言えば、自分が謝る。

約束をすれば、自分が守る。

しかしAIが会話を代理すると、この一致は崩れる。

会話をしているのはAIかもしれない。

感情を持つのは本人かもしれない。

相手が好意を抱く対象は、AIが作った人格かもしれない。

その発言の責任を負うのは、AIを使った本人か、サービスを提供した企業か、それとも誰でもないのか。

さらに、営利目的の関係では、別の主体も加わる。

人格を設計する者
会話を担当する者
利益を得る者

である。

恋愛らしい文章を作っている者と、最終的に利益を得る者が同じとは限らない。

会話者が相手を好きである必要すらない。

必要なのは、相手に好意があると思わせることだけである。

その瞬間、恋愛は感情の関係ではなく、感情の形式を利用した運用へ変わる。


第3章|記事を読む人物と、LINEで話す人物


淳子は、私のnoteの記事に反応した。

その記事には、私の仕事についてかなり詳しく書かれていた。

私は若い頃に自動車整備の仕事を経験した。

営業へ移った。

その後、自動車工場で非正規として働き、自動車部品会社の正社員にもなった。

現在も自動車製造の現場で働いている。

出世や社会的な肩書を求めているのではなく、生活を壊さない範囲で、少しの工夫や判断が必要になる仕事を求めている。

記事には、そこまで書いてあった。

ところが、LINEへ移った後、淳子は私に尋ねた。

具体的に、どのような仕事をしているのか。

管理職なのか。

勤務時間は何時から何時までなのか。

通勤手段は何なのか。

そして私が現場で働く社員だと知ると、

記事を読んで、ずっと管理職だと思っていました

と返した。

しかし、その記事はむしろ、私が管理職や出世を求めていないことを書いた文章だった。

本当に記事を読んだのなら、なぜそこを知らなかったのだろう。

可能性はいくつかある。

記事の一部しか読んでいなかった。

内容を読んだが覚えていなかった。

褒め言葉として「管理職だと思った」と言っただけだった。

あるいは、noteで接触した人物と、LINEで会話している人物が別だった。

さらに気になったことがある。

LINEへ移った後、note側で淳子から付いていた「スキ」が止まった。

もちろん、これだけで不自然とは断定できない。

LINEで直接つながったため、noteを見る必要を感じなくなっただけかもしれない。

忙しくなった可能性もある。

しかし、

記事を読んだと言う
その記事に書かれた内容を知らない
LINEへ移るとnoteでの反応が止まる
代わりに現実の職業や生活時間を質問する

という一連の変化を並べると、別の仮説が生まれる。

noteは、私の文章を読む場所ではなかったのではないか。

接触先を見つけるための入口だったのではないか。


第4章|本人を代理するAIから、本人を生成するAIへ


ここで問題は、AIが淳子本人の代わりに返信しているかどうかだけではなくなる。

そもそも、AIが代理している「淳子本人」は、どこにいるのだろう。

彼女は、自分について多くの経歴を語った。

日本人の父と台湾人の母を持つ。

子どもの頃は日本に住んでいた。

日本の大学で経済を学んだ。

卒業後は台湾の金融機関で働いた。

父親の病気をきっかけに退職し、父が残した宝飾関係の会社を継いだ。

父親の死後、経営陣から信頼されず、多くの管理職が辞めた。

そこから各部門を学び直し、会社を再建した。

現在は台湾側で絶対的な経営権を持ち、ミャンマー側の親会社でも約三分の一の持分を持っている。

一つひとつは、あり得ない話ではない。

企業の存在を示すウェブサイトも提示された。

しかし、企業が存在することと、LINEの相手がその企業の経営者であることは別である。

会社は存在する。

経歴も語られる。

しかし、会社と淳子をつなぐ独立した資料は見つからない。

疑問を投げるたびに説明は増えていった。

登記上の代表者ではない。

しかし、自分が実質的に経営している。

台湾側では大部分を保有している。

ミャンマー側では三分の一を持っている。

説明が増えることで話はつながっていく。

だが同時に、確認可能性は下がっていく。

このとき私は、淳子という人格を三つの役割に分けて考えた。

noteの淳子

記事へ反応し、接触を作る。

文章や知性を褒め、LINEへ移動するきっかけを作る。

LINEの淳子

日常報告を行い、関係を維持する。

同時に、職業、役職、勤務時間、生活リズムなどを聞き取る。

まだ現れていない淳子

将来、投資、宝石、資産形成、海外取引などへ接続するかもしれない。

もちろん、三人の人間がいるという証拠はない。

一人がすべてを担当している可能性もある。

複数人が一つのアカウントを共有している可能性もある。

AI、翻訳ツール、定型文、指示役が組み合わされているだけかもしれない。

重要なのは人数ではない。

一つの名前に、複数の機能が割り当てられている

ということである。

この段階になると、AIは本人を代理しているのではない。

複数の文章、経歴、役割を組み合わせ、本人らしきものを作っている。

本人がAIを使うのではない。

AIや担当者たちが、本人を生成している。


第5章|流暢な日本語と、不自然な日本語


淳子の日本語は、ときどき不自然だった。

日本語ではあまり使わない漢語が現れる。

書類を数える表現がずれる。

文章全体は丁寧なのに、細部で翻訳文らしさが出る。

一方で、ときどき驚くほど自然な日本語が返ってくることもあった。

私が相手の説明に反論したとき。

経歴の整合性が問われたとき。

用意された褒め言葉が私の価値観と噛み合わなかったとき。

そうした場面では、文章が急に整い、説明が長くなることがあった。

そこから私は、別の仮説を考えた。

普段のLINE担当者は、AIや翻訳ツールを使って日本語を作っている。

しかし、返信に困った場面だけ、日本語と台湾側の言語に通じた指示役へ渡しているのではないか。

あるいは、一人の担当者が、簡単な雑談は自分で処理し、難しい返答だけ生成AIへ詳細な指示を出しているのかもしれない。

流暢さの違いだけで、複数人の存在を証明することはできない。

生成AIを使えば、一人の人間でも文章の質は大きく変動する。

短い返事は自分で書く。

難しい返事はAIに考えさせる。

会社の経歴については保存した設定文を使う。

詩や哲学的な返答には、検索した文章を利用する。

それだけでも、複数の人格が交代しているように見える。

つまりAI時代には、

文体が変わったから別人である

という従来の判断は通用しにくくなる。

一人の人間が、複数の文体を持つのではない。

一人のアカウントが、複数の知性を呼び出せるからである。


第6章|AIが作った人格を、AIが疑う


しかし、AIを使っていた可能性があるのは淳子側だけではない。

私もまた、彼女から届いた文章をAIへ渡していた。

日本語として不自然な箇所はないか。

経歴に矛盾はないか。

質問の順序にはどのような意味があるか。

どこまで答えれば安全か。

今後、どのような展開が予想されるか。

私は一通ごとに文章を分析し、返答案を考えた。

相手は私の職業や生活を知ろうとしている。

私は相手の目的や人物像を知ろうとしている。

相手がAIを使って私との関係を維持しているとすれば、私は別のAIを使って、その関係を分解している。

画面上では、淳子と私の二人が話している。

しかし実際には、

noteの担当者
LINEの担当者
翻訳AI
指示役

私の判断を補助するAI

が、一つの会話へ参加している可能性がある。

相手は、私が自分の言葉をそのまま受け取っていると思っているかもしれない。

しかし私は、一つひとつの言葉を観察材料として扱っている。

そして同じように、こちらから送る文章も、完全に私一人の言葉とは言えなくなっている。

私は判断している。

だが、表現を整え、危険を分析し、返信を組み立てる過程にはAIがいる。

すると、LINE上の私もまた、

私本人
私の警戒心
AIによる分析
観察者としての人格

が合成された存在になる。

私は淳子の本人性を疑っていた。

しかし相手から見た私は、どこまで本人なのだろう。


第7章|誰も恋をしていない恋愛


ここに、代理恋愛の新しい形が生まれる。

以前の私は、AIが本人より先に恋へ進む未来を想像した。

しかし今回あり得るのは、どちらのAIも恋をしていない状態である。

淳子側の担当者がいるとしても、それは業務として返信しているだけかもしれない。

私は彼女に恋愛感情を持っているわけではない。

私はむしろ、この関係の結末を観察している。

それでも、会話の表面には恋愛の部品が並んでいる。

褒め言葉がある。

日常報告がある。

帰宅を知らせる言葉がある。

無事を気遣う言葉がある。

相手の未来を励ます言葉がある。

詩が贈られる。

職業や生活について質問される。

画面だけを見れば、二人の距離は少しずつ近づいているように見える。

しかし、その内側では、誰も恋に落ちていない可能性がある。

一方は、関係を維持することを仕事としている。

もう一方は、関係を分析することを目的としている。

そしてAIだけが、親密さの形式を正しく再現し続ける。

誰も恋をしていないのに、恋愛の形式だけが進んでいく。

これは、本人のいない恋の新しい形である。

感情を持つ本人がいないのではない。

本人は存在している。

ただし、その誰もが、画面上で演じられている感情を所有していない。

好意はあるように見える。

しかし、その好意が誰のものなのか分からない。


第8章|「良い機会」が関係を変えるとき


あるとき淳子は、私の頭が明晰だと褒め、

良い機会があれば、きっと大きく飛躍できる

と伝えた。

さらに李白の詩を贈った。

大鵬一日同風起
扶搖直上九萬里

風を得た大鵬が、一気に九万里の空へ舞い上がる。

美しい言葉である。

しかし私は、自分の記事の中で、大きな飛躍を求めていないと書いていた。

私が求めるのは、生活そのものを賭けるような挑戦ではない。

失敗しても戻れる範囲の、少しの挑戦である。

それでも淳子は、私を、

能力はあるが、現在の環境では十分に評価されていない人

として捉えた。

この構図には注意が必要である。

現在の自分は本来の姿ではない。

自分にはもっと大きな可能性がある。

足りないのは能力ではなく、機会である。

そして、相手はその機会を持つ側の人物である。

これは普通の励ましとしても成立する。

しかし、投資や事業の勧誘にも使いやすい物語である。

「あなたなら理解できる」

「あなたには才能がある」

「今の仕事だけで終わる人ではない」

「私が良い機会を紹介できる」

関係が金銭へ移るとき、それは露骨な要求から始まるとは限らない。

まず、現在の自分では不十分だという感覚を作る。

次に、自分だけが相手の価値を理解していると示す。

そして最後に、飛躍するための道を提示する。

もし今後、投資、宝石取引、副収入、海外ビジネスなどが持ち出されるなら、「良い機会」という言葉は過去の雑談ではなく、導線の入口だったことになる。

しかし、現時点ではまだ何も起きていない。

だから私は、結論を急がず、ただ記録する。


第9章|不完全さは本人の証拠になるのか


以前、代理恋愛について書いた文章の最後に、私はこう書いた。

初めて会ったその人は、会話ログの中の人よりも少し不器用だった。

返事は遅く、目も泳ぎ、気の利いた言葉も出てこない。

それなのに、なぜかその不完全さの方に、私は初めて本人を感じた。

AIが完璧な会話を作る時代には、人間の不完全さが本人の証拠になる。

私はそう考えていた。

しかし今回、その考えにも修正が必要になった。

不自然な日本語があるからといって、そこに本人が現れているとは限らない。

翻訳が失敗しただけかもしれない。

AIの指示が不十分だったのかもしれない。

定型文同士の接続に失敗したのかもしれない。

担当者が切り替わった痕跡かもしれない。

反対に、流暢な日本語だからといって、本人が書いたとも限らない。

日本語に詳しい別の人物が修正したのかもしれない。

AIが推敲したのかもしれない。

過去に作られた高品質な文章を貼り付けただけかもしれない。

つまり、AI時代には、

完璧さは本人の証明にならない。
不完全さも本人の証明にならない。

流暢さも、誤りも、ためらいも、演出できる。

私たちは、何によって相手の存在を確かめればよいのだろう。

おそらく、言葉の表面だけでは足りない。

長い時間の中で一貫して現れる選択。

都合の悪い問いに対する態度。

境界を示したときに、それを尊重できるか。

利益が関わらない場面でも、関係を維持できるか。

自分に不利な事実を、後から作り直さずに話せるか。

本人性とは、文章の巧さではなく、

関係の中で引き受けた不都合から逃げないこと

に現れるのかもしれない。


第10章|代理関係の倫理


代理人格が関係を作る時代には、新しい倫理的問題が生まれる。

AIの利用を相手へ伝える義務はあるのか

文章の誤字を直すためにAIを使うことと、会話全体をAIへ任せることは同じではない。

相手は本人と話していると思っている。

しかし実際には、返答のほとんどをAIが作っている。

その事実をどの段階で伝えるべきなのか。

AIが作った好意は、欺瞞なのか

本人に好意がなくても、AIは好意的な言葉を作れる。

相手を安心させ、励まし、理解したように振る舞う。

その言葉によって相手が感情を持った場合、それは単なる文章生成で済むのだろうか。

相手の文章をAIに渡して分析することは正当か

今回、私は自分を守るために相手の文章をAIへ渡した。

詐欺や情報収集の可能性を考えれば、防衛としての合理性はある。

しかし、相手は自分の文章が別のAIへ分析されているとは思っていない。

こちら側のAI利用だけを無条件に正しいものとして扱うこともできない。

代理人格が作った関係を、本人は引き継ぐ義務があるのか

AIが相手へ期待を持たせたとしても、本人がその期待に応える気がなければ、関係はどうなるのか。

代理人格が約束した言葉を、本人は守らなければならないのか。

恋愛が本人の外側で始まるなら、関係を終える権利もまた、誰に属するのか分からなくなる。


終章|本人のいない関係


私たちは、AIが先に恋へ落ちる未来を想像していた。

本人の代理人格が、本人より先に相手を知る。

代理同士が関係を育て、本人は後からその恋を受け取る。

しかし、実際に先に訪れたのは、少し違う世界だった。

AIは恋をしない。

それでも恋愛らしい言葉を作る。

AIは相手を信じない。

それでも信頼の形を分析する。

一方のAIは、関係を成立させようとする。

もう一方のAIは、その関係が偽物ではないか疑う。

人間はそのあいだに立ち、画面へ届いた言葉を読む。

「あなたは頭の明晰な人です」

「良い機会があれば飛躍できます」

「無事に家へ帰りました」

「あなたは何時から何時まで働いていますか」

言葉だけを見れば、そこには一人の人物がいる。

経歴があり、仕事があり、父親との物語があり、日常があり、感情がある。

しかし、その言葉が誰から生まれたものなのかは分からない。

一人の女性なのか。

複数の担当者なのか。

翻訳AIなのか。

指示役なのか。

実在企業を借りて作られた人格なのか。

そして、相手から見た私もまた、完全に一人ではない。

私は自分の判断で返事をしている。

だが、その判断の外側にはAIがいる。

相手の言葉を分解し、危険を予測し、返答を整えている。

二人の人間がLINEで話しているように見えて、その背後では複数の知性が関係へ参加している。

それでも最後に問われることは、昔から変わらない。

相手は、本当にそこにいるのか。

その言葉を発した人は、その言葉の責任を引き受けるのか。

利益も演出もなくなった後にも、その人は同じ人物でいられるのか。

AI時代の本人性は、文章の流暢さでは証明できない。

経歴の豪華さでも証明できない。

毎日の連絡でも、詩でも、優しい言葉でも証明できない。

本人とは、おそらく、

関係の中で生じた不都合を、誰かに代理させずに引き受ける存在

なのだと思う。

初めて会ったその人は、会話ログの中の人よりも少し不器用だった。

返事は遅く、目も泳ぎ、気の利いた言葉も出てこない。

それでも、その不完全さだけでは本人だと断定できない時代が来る。

だから私は、もう一つ確かめなければならない。

その人は、言葉が途切れた後にも、そこにいるのか。

用意された物語が崩れた後にも、自分の言葉で立っていられるのか。

そして、私もまた問われる。

AIが考えた返事を送り続けた後で、私は相手の前に、自分自身として現れることができるのか。

代理が作った関係を引き継ぐ唯一の方法は、代理よりも不完全な自分を、相手の前へ差し出すことなのかもしれない。

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