1800万円のガチャと、私たちが「大人」になりきれない理由
織田信長が好んだ人間五十年。かつて「48歳」という年齢は、人生のほぼすべてを駆け抜け、静かに幕引きを意識する「末期(まつご)」の季節だった。さらに遡れば、少年たちが「元服」を迎え、大人の仲間入りを果たしたのは12歳前後のこと。地域や時代による6歳から16歳というグラデーションを含めても、48歳という年齢は、人生のスタートラインをちょうど4回も引き直せるほどの、途方もなく重い歳月である。
そんな「4回目の元服」を優に超えたはずの男が、今、静かに世間を震撼させている。熊本市シルバー人材センターの48歳の経理担当職員が、約1,800万円を横領した容疑で逮捕された。彼が身を置いていたのは、人生の大先輩たちがセカンドライフを活き活きと過ごすための、信頼の要たる組織の金庫番である。それほどの立場にありながら、彼がシニアたちから奪い取った大金の使い道は、呆れるほどに、そして痛々しいほどに幼いものだった。報道によれば、「スマホゲームの課金や、アニメグッズの購入」だという。
「なんて愚かな」と切り捨てるのは容易い。けれど、私たちは本当に彼を遠い世界の住人だと笑えるだろうか。誰もが心の中に、現実の重圧から逃げ出したい「子供」を飼っている。画面をタップすれば、ほんの一瞬だけ現実を忘れ、仮想世界の中で最強のヒーローになれる。その誘惑の根っこにある孤独や承認欲求は、現代を生きる私たちのすぐ隣にあるものだ。彼は、かつてなら人生の終着点だったはずの年齢で、現実の責任をすべて放り出し、画面の光の中に溺れてしまった。
家宅捜索が入り、彼が必死に集めたデジタルデータやグッズは、現実の信用の前にはあまりにも無力だ。どれだけ年齢を重ねても、私たちは自動的に大人になれるわけではない。画面を閉じたとき、手元に残る本当の価値とは何か。かつての先人たちが命がけで迎えた「元服」の重みを、今、私たちは静かに問い直されている。
