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ドサクサ日記 年末編 12/29-31 2025

29日。
クリスマスに食べ損ねたので、洋菓子屋にタルトを買いに行った。そのあとはひたすら散歩。こんな坂道あったのかという発見があって、散歩は楽しい。信楽焼の狸のことを調べはじめてから、とにかく街の景色をよく見るようになった。歩きスマホも減った。マッピングアプリは健康アプリでもあったということ。それ以外にはドローンのプラグインをひたすら開発した。

30日。
CDJに出るために幕張へ。その前にボイトレ。身体は今年一年の忙しさでギッシギシに錆びている感じがするが、息だけは吸えるように整えて会場に向かった。ライブはとても楽しかった。いつもはそそくさと帰るが、この日はストレイテナーやACIDMANやkurayamisakaにも会えたし、サンボの近藤君とも機材のこと話し込んだ。バンプを見た後は、彼らに声をかけて、アーティストエリアで一緒にご飯を食べた。大木君は同窓会みたいだと言っていた。みんなそれぞれの場所で、それぞれに鳴らしてきた。バンプとは20年ぶりくらいに会った気がするけれど、初めて会ったフジロックのことをいまだに覚えていてくれて、嬉しかった。天体観測は当時、大変に勇気づけられた。日本語のロックに未来はあるのだと強烈に思った。俺たちはまだ何者でもなく、下北沢と横浜を行き来して、必死にもがいている最中だった。あまりにも良かったので、その年のフジロックのホワイトステージ、eastern youthの演奏が終わった後で彼らを発見して、その興奮を伝えたように記憶している。みんな元気そうで良かった。そのあとは鮪とマーシーと山ちゃんとアチとで忘年会。ドンペリニヨンと寿司、BGMは女子十二楽坊風の何か。

写真の撮影は山川哲矢。

31日。
今年はとにかく、MUSIC inn Fujiedaの一年だったと思う。ようやくスタジオが完成して、試験的なレコーディングが始まった。テストとはいえ、録音された音楽は今後、きっちりと作品になって世の中に出ていく。その瞬間がとても楽しみだ。何度も藤枝に足を運んで、ずっと足が遠のいていた地元への気持ちがいろいろと変わっていった一年でもあった。正直に言って、あまり故郷にいい思い出はなくて、誰も同じかもしれないけれど、それはほろ苦い失敗の記憶と一体で、音楽の道を歩けば歩くほど当時の自分との距離が広がって、どう詰めていいのかわからくなっていた。でも、自分の足で、それなりに経年変化している街を歩き、少し地図的に島田とはズレた藤枝を巡って、愛しい故郷というよりは新しい拠り所になっていくように感じられた。それはとても新鮮で、かつ、懐かしい感覚だった。掠めるくらいにしか通ったことのなかった道に、新しい記憶が張り付いていく。自分がかつて育った町にも知らない小道がたくさんあった。自転車を乗り回して塗りつぶした10代の地図を、疲れ果てた身体で歩き直す。気がついたら仲間たちがたくさんできた。とにかく、ここからがスタートだということ。とても楽しみだ。

2025年の印象的な出来事をつらつらと。まずはyubioriのアルバム。久々に魂を燃やすような現場だった。残念だけど脱退した長谷川君は元気かな。またいつか、どこかで会えるといいなと思う。若手エンジニアの島田智朗君との作業も忘れ難い思い出になった。年は関係ないけれど、ひとまわり以上下の彼と真剣に音楽の話をしたことは、とてもいい勉強になった。作品も最高。

久々のNANO-MUGENは本当にいろいろな意味で痺れた。インドネシア公演が中止になったときは、本当に精神的にしんどかった。なんとか仲間たちと乗り越えることができたけれど、事務所諸共バンドがなくなってしまう、あるいは立ち行かなくなってしまうのではと心配した。ただ、MAKUAKEという曲が俺たちを支えてくれた。完成したときはスタジオで泣いてしまった。

あとは、今年はくるりの岸田君と良く話をした。大学生の頃に喜多君に誘われて、新宿へくるりを観に行ったことがある。ボーカルの人とはいつか友達になるのではないかと、若い俺は勝手に直感した。今から考えると謎だけど、そう思ったのだった。けれども、皆が知っての通り、微妙な距離感のまま随分過ぎてしまった。というか、自分の直感からは遠ざかり続けている感じすらあった。ここに来て、いろいろなトピックについてじっくり話したり、相談できる関係になって嬉しいなと思うし、率直に勉強になる。ロックというのはややこしい精神の発露でもあるけれど、こうして大人になるのも悪くないなと思う。この先も、くるりはもちろんのこと、同世代のトップランナーたちの傍に、せめて姿勢よく立って、音楽を続けたいなと思う。

あとはoasisのオープニングアクトもあった。それについては別の記事に書いたけれども、なかなかメモリアルな体験だったと思う。これでほぼ、10代の頃に抱えたいろいろな思いは成仏したのではないかと思う。マニが亡くなるという悲しいニュースがあって、ますます青春との距離は開いた感じがするけれども、自分らしく新しい音楽や活動や姿勢を見出していきたいと思う。

何か書きそびれたことがあるかもしれない。あと少しで2026年になるけれど、その瞬間に何かがパキっと新しくなったりはしない。生まれた時から、シームレスに死に向かって進んでいて、いよいよ自分がこの世を去る日のイメージが朧げに浮かんできた。でも、きっと予期しないかたちで死ぬのだろうから、生きている今を、精一杯味わいたい。来年もよろしく。

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