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NANO-MUGEN FES.2025に寄せて②

第2回 Fountains Of Wayne編

 Fountains Of Wayneとの出会いは2003年。

 名盤『Welcome Interstate Managers』リリース後の来日ツアー、川崎チッタ公演のフロントアクトをさせてもらった。インディ時代のレーベルメイトが『Utopia Parkway』のジャケットのオマージュをしていたり、パワーポップ好きにとっては外せないバンドだった。ゆえに、共演できるのがとても嬉しかった。と同時に、当時の洋楽ファンの界隈には日本のバンドを蔑むようなムードがいくらかあって、それなりに緊張したこともまた、思い出のひとつ。

 けれども、Fountains Of Wayneのファンはとても雰囲気が温かくて、俺たちの演奏に対しても割と好意的だった。多くの人の前で演奏させてもらった上に好きなバンドが堪能できるという、贅沢な1日になった。その日の楽屋でメンバーと話したかどうかはすっかり記憶から抜け落ちてしまったけれど、チッタの2階席からの風景はあれから20年以上経っても、記憶に残っている。

 そこからはいろいろな思い出がある。対バンするはずだった公演がクリスの体調不良でキャンセル。誰が悪いわけでもないのだけれど、誰もが残念だしファンにもクリスにも申し訳ないし、心の持っていきどころが難しかった。落ち込んだ。

 ベースのアダムとジェームス・イハが当時マンハッタンに構えていたスタジオで録音をさせてもらったこともある。『マジックディスク』は記念すべき、アジカンで初めての海外録音になった。俺は初めてのNYに興奮して、マンハッタンの安全そうなところをほっつき歩いて、ピザとコーラで6kgも太った。スタジオに山ほどあるエフェクターを自由に借りられたり、とにかくとても貴重な体験だった。

 2012年のNANO MUGEN FESも忘れ難い。彼らは会場内の打ち上げに残ってくれて、いろいろ楽しく話したのだけれど、誰よりもロックスター然としているギターのジョディがとにかく面白くて、ずっと彼と話していたように思う。詳細を書くのはやめておくけれど、とにかく破天荒で楽しかった。

 その後、彼らの活動は止まってしまった。インタビューなどを読んだり、メンバーたちの活動状況から察するに、もう観られないのかなと思っていた。そして、新型コロナでアダムは亡くなってしまったというニュース。信じられなかった。彼の死後の幸福を願って止まないが、やっぱり今でも悲しい。

 Fountains Of Wayneの再始動のニュースはとても嬉しい。しかも再始動してふたつ目のライブにNANO-MUGENを選んでくれた。感謝しかない。アダムが亡くなってしまったことは残念でならないけれど、彼がバンドと一緒に残した曲は永遠だから、その楽曲が横浜で響く瞬間を心に焼き付けたいと思う。

 今回のNANO MUGEN FESでは、Fountains Of Wayneは2日間ともに出演。6/1のチケットはまだあるので、迷っている方はぜひ!

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