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「パラドールにかかる月」(1988/日本未公開)~愛と追憶の未公開シネマ#1~

きょうはポール・マザースキー監督の
『パラドールにかかる月』(88・未公開)のことを。

主演はリチャード・ドレイファス。
『ジョーズ』(75)と『未知との遭遇』(77)の2本のスピルバーグ作品でスターの仲間入りをし、『グッバイガール』(77)で29歳という若さでアカデミー主演男優賞を受賞し、当時の最年少記録を打ち立てたました。

本作でドレイファスが演じるのも、その『グッバイガール』と同じく売れない役者。

主人公ジャック・ノア(ドレイファス)は、あまり仕事に恵まれない俳優。
南米の架空の国パラドールで映画のロケ中、急死した大統領の影武者を演じる羽目になってしまう。

最初のうちは役者心をくすぐられ、影武者役を楽しんでさえいたのだが……という物語。

「パラドールにかかる月」LD

正直、これだけ面白い映画がなぜ未公開だったのか、よく分からない。

マザースキー監督の映画は、日本ではあまり受けが良くなかった、という事情はある。
『結婚しない女』(78)が話題になったくらいで、ウディ・アレンとベット・ミドラー共演の『結婚記念日』(90)もほとんどヒットしなかった。

ただ、個人的には
『ウィリーとフィル』(80)、『テンペスト』(82)、
『パンチライン』(88/未公開)、『敵、ある愛の物語』(89)など、
好きな作品の多い監督です。

この映画の何よりの魅力は、主演のドレイファスが本当にいいこと。

若くしてオスカーを獲ってしまったことで、多少天狗になった時期もあったのか、その後はヒット作に恵まれなかった印象もあるけれど、
本作のドレイファスは、彼の持ち味である純真無垢さが実にチャーミングに出ていて、「ドレイファス復活」を感じさせる。

映画は主人公の回想形式で進んでいく。
マザースキーは、上手くできたホラ話を聞かせるように、エンディングまで楽しませてくれる。

影武者ドレイファスが真似をする大統領の喋り方、
大統領の側近を演じるラウル・ジュリア(黒髪を金髪にして登場)のオーバーな芝居、
さらにはマザースキー自身が演じる大統領の母親。

コメディとしての見どころはたっぷりで、
サミー・デイビスJr.の歌までサービスしてくれる。

しかし、この映画が描いているのは、
あくまでも「自由」と「国家」という、かなり大きなテーマだ。

それでも説教臭くならないのは、
物語が「一人の役者の回想」という、あくまで個人のレベルで語られているからだと思う。

その個人的な物語と、「自由」「国家」というテーマが見事に重なり合うのが、
ラストのテレビニュース画面に映し出される、大統領夫人(ソニア・ブラガ)の顔のアップ。

それまでの大げさでコミカルな彼女の芝居が、そこで一気に転化し、とても新鮮だった。


本作の脚本は、マザースキーとレオン・カペタノスの共同。

このコンビにはもう一本、
ロビン・ウィリアムズ主演の佳作
『ハドソン河のモスコー』(84・未公開)がある。

こちらは、ロシアのサーカスのバンドマンが自由を求めて亡命し、
“アメリカ=自由”に溶け込もうとする物語。

国籍や肌の色の違う新しい友人たちとの生活、
新天地で体験するすべてのことに自由を感じて喜ぶウィリアムズの姿が、なんとも微笑ましい。

タッチこそ違うものの、
『パラドールにかかる月』と『ハドソン河のモスコー』は、
「自由」と「国家」を描くという点で、双子のような映画だ。

『ハドソン河のモスコー』のオープニングも、
ニューヨークのバスの中で話しかけられ、主人公が亡命直後を回想するところから始まる。
この構造も『パラドールにかかる月』とよく似ている。

2本とも未公開ではあったけれど、
忘れてしまいたくない、お気に入りの映画です。

「ハドソン河のモスコー」LD

※この記事はブログ「5011 cinema note」の2006年4月の記事を基に加筆・再構成しています。


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