待てるようになって、見えてきたこと
30代のころとは違って、いろいろと待てるようになってきた。
やらなければいけないことが減って、まわりをじっくりと見る余裕が出てきたからなのだと思う。
たとえば、雑巾がけ。
昨年秋ごろから、毎朝掃除をはじめるようになって、雑巾がけもしている。無垢の木のままの縁側は、この半年でみちがえるようになった。
ほぼ毎日雑巾がけをしていると、つるつるとしたなめらかな肌になってきた。はじめはガサガサで、濡れたあとのにじみがくっきりとしていて、荒れたかんじだった。
それが、ちょっとした傷やくぼみも、ゆっくりと戻っていき、小さくなじんでいく。
水が滴ってできたにじみも、わからないくらいのわずかな変化で、徐々になじんでいく。
半年とか1年かけて、やっと変化を感じるくらいの、ゆっくりとしたスピード。ここまで経ってはじめて、日々の雑巾がけの積み重なりが実感できる。
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たとえば、土中の水の動き。
先日書いたぬかるみ改善の作業などは、だいたい半年くらいで効果が実感できるようになる。それも、「そういえば、なんだか変わったな」くらいのわずかな変化としてあらわれてくる。
土中の水の動きは、まず微生物がはたらき出す。微生物がジワジワと細かなすき間を土の中に作り、土中の水が動きやすくなっていく。さらにその中を、水の流れがじんわりと深め、広げていき、さらに水はけがよくなっていく。
ひとつの穴や溝を掘るだけで、いろんなものが動き出して、土中の水の循環を作っていく。
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ゆっくりなんだけれど、でも確実に変化している。
うわべだけではなくて、奥のほうから、細胞レベルでじわじわと変わっていくかんじ。
穴を掘るにしろ、雑巾がけをするにしろ、何かをしたときにじんわりと生まれる変化は、一方向だけではなくて、関連するいろんなものが寄ってたかって、いろんな方向へと変化を生み出していくような。
だから思い通りにはいかないし、狙ったのとは違った結果にもなる。
観察して、どんな方向へ行こうとしているのかを眺めつつ、また手を入れていく。
若いころのように、毎日がめまぐるしく変化していくのも楽しかった。
自分がやったことに対して、直接はね返ってくる反応を見て、次々に打ち手を考えていく楽しさ。
対してゆったりとした変化には、自然界のいろんなもののチカラを借りて何ごとかを成していくような感じがあって、それもまた楽しい。
