屋久島で見た、崩れにくい道の秘密
屋久島・登山道整備ワークショップに参加して
縁あって、屋久島で3/1(土)から2(日)に開催された登山道整備ワークショップに参加してきました。
きっかけは、1月上旬に屋久島の登山ガイド・笹川健一さん(ささっちょ)が、奥多摩にいらしたこと。私が昨年から登山道整備の活動をしているのをFacebookで見て、訪ねてきてくれたのです。
ちょうど「屋久島へ行ってみたい」と思っていたタイミングだったところだったのです!
近自然工法と屋久島
というのも、屋久島に行きたかったいちばんの理由が、「近自然工法」を提唱した福留氏が、初めて登山道整備に取り組んだのが屋久島だったからです。
『近自然の歩み』でそれを知り、屋久島に行く機会があればぜひその現場を見てみたいと思っていました。
福留氏はかつて、上屋久町長(当時は島の中で二つの自治体に分かれていた)に、屋久島へ来てくれないかという手紙をもらいました。その町長は、「400年以上前に秀吉の命で島の杉を伐り出すために作られた作業道を参考に、近自然工法で登山道を整備できるはずだ」と考えたそうです。
実際にその道を案内された福留氏は、彼が渓流砂防で取り組んでいた工法との共通点を見出したそうです。
400年前の道に学ぶ
屋久島では、江戸時代に米の代わりに年貢として屋久杉を納めることから木の伐採が始まりました。屋久杉は、栄養の乏しい土壌で長い年月をかけて成長したため、年輪が細かく、脂分を多く含んでいます。そのため水に強く腐りにくく、屋根材などに使われてきました。
当時の伐採方法も独特で、櫓(やぐら)を組み、節の少ないまっすぐな部分だけを切り出しました。根元から2メートル程度の高さで切った木をその場で製材し、板に加工して麓へ運んでいたのです。
重い荷を担いで歩くため、400年前の道は当然、安全で歩きやすく作られていました。大雨で流された部分もあるかもしれませんが、400年経っても残っている道もあります。それは、道を作る場所の選定や構造がしっかりしていたからでしょう。
屋久島ガイドの古賀さんによると、福留氏が初めて手掛けた登山道は、残念ながら大水で流されてしまったそうです。
実際に歩いて気づいたこと
ワークショップの一日目で、島の北側にある白谷雲水峡を歩きました。
大雨で今まで歩いていたコースの橋が流されてしまったため、う回路として、かつて荷物を運び出すときに使っていた古い道を歩くことができました。
実際に歩きながら、いくつかのポイントに気づきました。特に大雨のときに川のように勢いよく流れる沢や水みちを横切る場所は、水の通り道に工夫が見られました。
1 道の線形
道は等高線に沿って緩やかに登っており、登山道によくある急登がほとんどありません。

2 石の使い方
ある程度の大きさの石が使われ、重心が山側にくるように据えられています。石積みの技術と一緒です。

3 水の逃がし方
沢や水みちを横切る部分には、大きな石を組み合わせて蛇行や落ち込みを作り、水の勢いを抑えています。水量が少ないときは潜るように、大雨の際にはオーバーフローするように設計されており、非常に理にかなっていると感じました。
流量の多い屋久島ならではの工夫。


4 微妙な縦断勾配
水みちを横切る場所は、微妙に縦断勾配が下がっている。


まとめ
屋久島は降雨量がとてつとてつもなく多く、傾斜も急です。一旦雨が降り出すと、沢も道も川のように流れます。何よりも「水の逃がし方」が道整備の重要なポイントであることが分かります。
そんな過酷な場所でも崩れずに残った道は、見るべきところがたくさんありました。経験を積むと、さらに見えてくる工夫があるに違いありません。屋久島へまた何度か足を運んで、じっくりと観察してみたいと思いました。
