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僕は金縛りが好きだ

こんなことを言うと変な顔をされる
でも本当だから仕方ない

金縛りを好きになったのは1人暮らしを始めた頃だ

僕は北海道の極寒地に住んでいる
冬の暖房代はしゃれにならない
つけっぱなしにすると灯油代だけで
月3万円くらい飛んでいく

そんな金あるわけがない

だから僕は暖房を我慢して寝ることにした
マイナス20℃の日でもストーブは付けない

部屋の気温が氷点下なんてことも珍しくない 
そのせいか眠りは浅くなり
ほぼ毎日金縛りにあうようになった

初めて金縛りになった時は怖いというよりワクワクした

もちろん体は動かない
普通に考えれば怖いはずだ

でも僕は金縛りが心霊現象ではないことを知っていた
医学的には睡眠麻痺と呼ばれる生理現象の一種だ

でも怖い話の体験談では
金縛り中に黒い影が部屋に立っていたとか
誰かが胸の上に乗ってきたとか
耳元で声が聞こえたとか

そういう話がよく出てくる

そんなもの僕からすれば幽霊ではない
自分の脳が勝手に作り出した夢や妄想の延長でしかない

そんな僕が金縛り中
いかにも幽霊らしいものが現れた

白衣を着た典型的な幽霊だった
長い髪にぼんやりとした輪郭
怖い話に出てくる幽霊をそのまま
雑に再現したような姿だった

でも怖くはない
所詮自分の想像が作り出したものだ

だから僕は驚くより先にこう思った
「もう少しオリジナリティを出せなかったのか?」

なぜこんなにも典型的な幽霊なのだろうか?

上半身は人間なのに下半身は車 
顔は老婆なのに背中ではワイパーが動いていて
腕の代わりにサイドミラーが生えていて
瞬きするたびにハザードが点滅する 

最初は「ヒッヒッ…ヒッ…」と老婆らしく笑っている
ところが途中から喉の奥で何かが開いたように音が変わる
笑い声が「ンバァァァァァァ」に切り替わる
幽霊なのに高回転型エンジンなのだ

そういう夢でしか許されないバグみたいな幽霊を見たかった

それなのに出てきたのは見たことのある長髪の幽霊だ

自分の脳内ホラーの引き出しが
思っていたより浅かったことに少し凹んだ

でもそこでふと思った

そもそもこれは自分の想像が作り出したものだ
だったら今からでも変えられるんじゃないか?

本来ならここで

さっきのような夢でしか許されない
バグみたいな幽霊を試すべきだった

しかし残念ながら僕の想像力は
ホラーよりもっと分かりやすい方向に向かった

もっと単純で

もっと情けないものだった


白衣の幽霊は一瞬で好みの女の子になり
僕の体に飛び乗ってきたのだ

情けない僕は思った
無料でこんなことをしていいのか?

とはいえ僕にできることは何もない
なぜなら金縛り中だからだ

指1本動かせないまま
人生の重大イベントっぽいものだけが通過して

気付けば朝になっていた

目の前にいたはずの好みの女の子も
白衣の幽霊も高回転型エンジンの老婆もいなかった
あるのは氷点下の部屋と冷え切った布団と
何も変わっていない僕だけだ

金縛りの中で起きたことは現実ではない
でもそれでいいと思った

好みの女の子が僕の上に飛び乗ってくる経験は
25年間も生きてきて1度もしたことがない

当然だ

そんな神イベント
何も行動していない男に発生するわけがない

現実では絶対に起きない
でも金縛りの中では一瞬だけ起きる
だから僕はあの動けない時間に少しだけ期待してしまう

もちろんそんな都合のいい金縛りばかりではない

出てくるのは
白衣の幽霊かもしれない
黒い影かもしれない
ただ息苦しいだけの日もあるかもしれない

それでも僕は金縛りが好きだ

#創作大賞2026  #エッセイ部門

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