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変な人の“ガワ”作りの軌跡

⚠️4000文字に迫る大迫力の自分語りです。自分語りはいつものことですが、今回は超長文&AIいわく過去一「特濃」。やばいので目次つけました。史上初。
おすすめは高校編です。短いのに嫌な気分になれる。



前書き

この自己紹介は何度もしてきたが、
私は変な人である。

その自覚があるからこそ、
自分が快適に過ごすために、そして
ふつうの人々に迷惑をかけないように、
プライドと責任感を持ってガワを作ってきた。

「ガワ」という言い方も大切で、
わたしは自分が変な人であることで
生きづらさはもちろん感じてきたけれど
変な人であることをやめるつもりはない。
だから、あくまでも作るのは「ガワ」なのだ。

自分の核(つまり変な部分)は残しながら、
表層だけを整えて社会に紛れ込む。

社会に受け入れられているのは
本当のわたしじゃないという寂しさも
あるにはあるので、たまに発狂することもある。

が、やはりニンゲンとして社会に馴染むことは
生存戦略であるし、ガワを作ることの
メリットは多いと言える。

わたしがどうやってガワを手に入れたか、
一部寂しく、でも誇らしい
その経緯をお話ししたい。

わたしのガワが完成したのは、
27歳ぐらいのときである。

思ったよりも遅いと感じただろうか。

ちなみになぜここで
完成したことになったかというと、
他者からの評価が明らかに
しっかりした人となり、
相談されたり意見を求められたり
するようになったからである。

そしてそれに対し、
「ふつう」を見つめ続けたわたしは、
必然的に「ふつう」の、言い換えれば
より「無難」で「安定」した答えを出すことができた。

もちろんこうなるまでに色々と苦労したし、
周囲にもたくさん迷惑をかけた。

小、中学校編(ガチ大迷惑変人期)

小中学生の頃は特に先生と相性が悪く、
細かいことで注意されることが多かった。
ある日それに耐えきれなくなり、
学校から脱走して先生たちが捜索活動に追われ
一日自習になったこともあった。

その行動がおかしかったと気づいたのは、
次の日同級生たちから
迷惑そうな視線を浴びたときだった。

わたしは友達のことは好きだったので、
わたしの行動で彼らを嫌な気持ちにさせたことは
残念だと思った。

高校編(ナチュラル不気味変人期)

高校に上がっても、相変わらず
先生との相性は悪かったが、
友達に迷惑をかけない程度にやり合うさじ加減を
小中学生の頃の体験から身につけていた。

最低限問題は起こさなくなったからか、
たくさん友達はできた。

が、やはり変な人なので細かいズレが起こる。

友達と遊びに行ったときのことだ。
わたしはアイスが食べたくなったので、
ひとりでアイスを買いに行くために
団体行動から離脱した。

アイスを食べながら帰ってきたわたしを
出迎えたのは、驚きと恐怖の混ざったような
友人たちの表情だった。

わたしはまた友達を悲しませてしまったのだ。
しかも、前のときとは違って、
直接的に迷惑をかけたわけではないのに。

そしてわたしは、友人たちが買い物をする中、
外でひとり待っていた。
店内へアイスを持ち込むことは
店に迷惑をかけることであり、
「ふつう」じゃないからである。

「ふつう」から外れてしまったアイスを
反省しながら食べた。

わたしはこのときに、
人と違うことは見る者に不安感を与えること
なのだと学んだ。

専門学校編(あえての変人期)

専門学校に上がると、
わたしはおおかた細かなズレは修正できていた。

ただ、今度は人間関係のガワよりも
重視すべきことがあった。
それは、業務の正確性だった。

専門学校が医療系だったので、
ガチでミスが許されないのである。

ここからは一旦ガワというよりも
本質的な欠点カバーの話になってしまうが、
これが後々のガワ形成にも繋がる話になる。

とにかく間違えてはいけない。
そういう環境の中でわたしがやったのは、
先に人を動かすこと
それを見ながら“すべて”メモをとること
この二つであった。

そしてその二つをやるために
わたしは周囲にこんな印象を与えることにした。

“鈴木さんはちょっと適当で変な人である。”

ここにきてわたしは、
「変な人」を武器に使ったのである。

人は適当で変な人に
“最初に”なにかをやらせることはない。

必然的にしっかり者の誰かがその役を担う。

わたしはそのしっかり者の動きを観察して、
そのすべてをメモに残した。

ちなみに、このメモを清書したものは
異常にわかりやすいメモとして評判になり、
鈴木メモと呼ばれた。
実習のたびに誰かのポケットに入って
現場を巡回し、最後はボロボロになって返ってきた。

変人であるわたしがはじめて人に頼られた証として
最近まで大切に実家に保管していたのだが、
なんせボロボロなので母が間違えて捨てたらしい。

こうして間違えない変な人として
専門学校時代を駆け抜けた。

社会人パート1(大解放変人期)

そしてついに薄めのガワでコーティングされた
「変な人」が社会に解き放たれるときがきた。

わたしはこれまで磨いてきたガワで
最高に輝く社会人生活を送るつもりだった。

が、初めての職場はなんと
変な人の巣窟だったのである。

「ガワいらねえな…」
わたしは静かにガワを脱ぎ捨てた。

このときの話はいつか別記事にまとめようと
思っているので簡単に書くが、
屋根に登ってカラスを捕まえたり
野生動物を助けたり戦ったり
デカイ機械を丸太一本テコの原理で担いだり
机でカブトムシを飼ったり
本当に自由に楽しくありのままの自分で
過ごさせてもらった。

変な人だらけの職場だったのに
その中でもちゃんと「変な人」の称号を得て
拒絶されなかったというのは、
わたしの中で大きな収穫だっただろうと思う。

社会人パート2(倫理の変人VS構造の変人)

そして最後、転職先でガワが完成した話である。

次の職場は「倫理の変人」のいる職場だった。
「倫理の変人」はわたしが勝手に作った言葉だが、
これはいわゆる“性格の悪い人”のことである。

詳しく言えば、単純な性格の悪さというよりも
自分の中の基準を「ふつう」として
他人をその独自の「ふつう」の物差しで測り、
そこからはみ出せば攻撃したり、強制しようとする
「ふつうは!」が口癖の人に
お前の独りよがりなふつうの押し付けは
変な人に見えていますよ
という皮肉を込めた言葉になっている。

ここにきてまた新たな「ふつう」が、
わたしを苦しめた。

「ふつう」ってそんなにフランクに
自分のお気持ちだけで定義されるものだったっけ…

「倫理の変人」は感覚が鋭くしっかりした人で、
頭の回転が速い人だった。

わたしから見ると、まさしく
「ふつう」の中でも少し偉そうにできる
スペックの持ち主だった。

そしてそういうスペックの持ち主は、
他人を見下して自分の正しさを過信する傾向がある。

そのスペック自体がそうさせるというよりも、
そのスペックから生み出される成果での
立ち位置によってそうさせてしまうのだ。

立ち位置による正しさの誤認には、
心当たりがある。

そこにいるだけで優位に立てる存在。
わたしが学生時代戦い続けた相手、
「先生」である。

…これはガワ作りのラスボス戦だ。

よく見れば、あの頃と状況までそっくりだった。

歪んだ正しさを振りかざす「先生」
それに違和感を覚える「わたし」
先生が不機嫌になるのは困る「みんな」

今度は脱走することはできない。

ガワの内側から観察して
構造でねじ伏せてやるのだ。

まずは仕事ができるようになることである。
職場において仕事ができることは、
人間性と同じかそれ以上に重要である。

専門学校時代に仕事のやり方は学習している。
これに関してはすぐに身についた。

そして癪だけれど、相手の「ふつう」に
できる限り合わせて警戒心を解いた。

一人でお菓子を食べていたら
「ふつう分けるだろう!」と陰口を言われたので、
それからは、どんなに小さなお菓子でも
切って分けてあげることにした。
大変よろこばれた。

次にもう一段踏み込むことにした。
それは、
あなたは“良い意味で”ふつうじゃないよ。
と伝えることだった。

人間だれしも多かれ少なかれ
「特別でありたい」という思いを持っている。

変な人のわたしだってそう思うのだから、
たぶんこの考えは合っている。

そしてそれは、言葉の端々から滲み出る。

倫理の変人は、「夜寝たいのに寝れなくて」「小さな音も気になって」「細かな汚れも気になって」と、悩んでいるように見せかけたアピールをしていた。
そして「わたしは頭が悪いから」も口癖だった。

つまり、最初のわたしの見立て通り
この人は感覚が鋭くて頭の回転が速い人
間違いないのだろう。
なおかつ、それを自分の長所として理解している。

わたしはそれを素直に伝えた。
その人の構造を自分の利益のために使った。
でも、嘘じゃない。

そうやっているうちに、
周囲への態度とわたしへの態度に差がではじめる。

ここまできたらもう、倫理の変人が振り回していた
正しさの拳をそのまま利用するだけである。

倫理の変人は、自分のすごさを見抜いたわたしのことを正しいと思っている。
というか、正しくなければいけないのだ。

必然的にわたしの言うことは
聞かなくてはいけなくなる。

わたしは、自分の意見をはっきり言ったり
ときには他の人が言いたくても言えなかったことを
代弁するようになった。

その様子をみるだけで、周囲の人からは
「あの人にあんなにはっきり物が言えるなんて、
しっかりした人だ!」
と評価される訳で、場面が冒頭に戻るのである。

最後に


ずっと変な人だったわたしは
ついにしっかり者のガワを手に入れて、
専門学校の頃わたしが観察した
しっかり者のあの子のように
“最初”の仕事も任されるようになった。
どうするんだ!変な人!と思われるかもしれないが、
しっかり者のガワを纏ったわたしが
この職場における「ふつう」になったので、
全然怖くないのである。
ちなみに一度しっかりしていると思われると、
どれだけ発想が飛躍しようが、
すごいアイディア!になるのである。怖い。

現在もこの職場で仕事を続けている。
ガワを作り終えてのんびり過ごしているが、
もし転職でもすれば、
また新しくガワを作ることになるのだろう。

この環境に慣れすぎるのも怖いけれど
もうしばらく、
すごいアイディア!と言われていたいわたしだった。

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