『悪の華』が気になって
オディロン・ルドンの展示を観に行った時に、シャルル・ボードレールという詩人、そして『悪の華』という作品集にも興味が湧き、読んでみようと思い立ちました。
作品の舞台となる国も時代も、今の私とは違うので、解説が欲しいなと『『悪の華』を読む』という本も合わせて読むことにしました。

『『悪の華』を読む』(安藤元雄)
『悪の華』は、フランス・パリで生まれ暮らしたボードレールによる詩集で、それは“近代詩のはじまり”といわれたり、ボードレール自身も“近代詩の父”と呼ばれているそうです。
『悪の華』を出版するやいなや、削除させられた詩があると聞いていたので、どんな問題作なのかと、ビクビク…というよりは怖いもの見たさでわくわくしながら読み始めました。
が、期待はいい意味で裏切られました。
――あれ?割りと馴染みのある雰囲気だな?と。
やはり“近代詩の父”の作品があってこそ、現代の詩があるからでしょうか。
美しさを描くことが当たり前の詩の世界に、その反対の黒い、人間の生々しさを描き出した作家。
今でこそそういった表現の詩や芸術作品は珍しくもないですが、何事も初めて成し遂げた方やその作品は、強烈なインパクトを与えたはずです。
しかし、この作品はただ暗いだけでなく、どこかおしゃれで美しい。人を引きつける美しさ、光るものを感じました。
解説の本には、詩の様式やスタイルについての説明
もあり、それは定型、流行、発声、子音の放つ音のニュアンス、リズムや音楽的な魅力もあるようで、フランス語の意味や感覚、発音がわかればもっと楽しく読めそうとも思いました。
(日本でいうところの短歌や歌詞のようなイメージを持ちました)
読みながら、ふと『不思議の国のアリス』が好きだという知人が「訳す人によって、同じ作品でも雰囲気が変わる、そしてそれは時に全く違う印象を受けることになる。だからいろいろな『不思議の国のアリス』を読んできた。時にアリスはクセのある田舎娘だったりする」と話していたのを思い出しました。
解説が欲しいと読んでいる本にも、この方ならではの訳の詩が載っていて、手元にある『悪の華』とは違う言葉だったりもして…。
同じ詩を比べながら読んでみると、元のフランス語の単語のイメージがより鮮明にハッキリするような。日本語の表現の豊かさも感じました。
(そしてやはり自分でも訳せたり、時代背景について知識があると、もっとおもしろいはずだと思いました)
久しぶりに詩を読みました。
短い言葉と美しいリズムで伝わってくる情景や思い。素敵な表現だと改めて思いました。
この時代、詩人が音楽家や画家と文化的繋がりがあり、影響しあったというのも、詳しく知りたくなりました。作品の背景を知ることが、とてもおもしろいと感じました。
ボードレールとルドンの繋がりから、その作品から少し広がった気がする芸術の世界。改めてルドンの絵を観てみたら、また少し違う視点からも楽しめる気がします。

(まるで暗号のようです…笑)

