BtoBファネル設計の限界——買い手が営業に使う時間は、購買プロセスの17%しかない
「資料ダウンロードが今月10件。商談化率15%で1.5件、平均単価2,000万円だから、来期パイプラインは3,000万円」
この手の予測が当たった試しがどれほどあるだろうか。おそらく、ほとんどない。理由はシンプルだ。買い手はもう「ファネル」の中を順番に降りてこない。
ファネルが壊れたわけではない。ただ、「これ1つで買い手の動きを全部説明できる」という前提が通用しなくなった。それだけのことだ。
では何が代わりになるのか。結論を先に書く。情報を増やすのではなく、整理する——「Sense-Making(意味づけ)」。そして、買い手が社内で稟議を通すための武器を渡す「Buyer Enablement(買い手イネーブルメント)」。この2つが、ファネルに代わる現場の原則だ。
営業に会う時間は、たったの17%
Gartnerの有名な数字がある。BtoBの買い手が購買プロセス全体で営業と過ごす時間は、わずか17%。3社を比較検討している場合、自社の営業に割かれるのは5-6%まで縮む(Gartner "The B2B Buying Journey")。
では残りの83%で何をしているのか。McKinseyのB2B Pulse調査によれば、買い手は平均10チャネルを使い分けている。2016年の約2倍だ。検索、ベンダーサイト、レビューサイト、SNS、同業者への相談、社内会議、生成AI——あらゆる場所で情報を拾っている。
McKinseyは買い手の好みが「対面」「リモート」「デジタルセルフサーブ」のおよそ3分の1ずつに割れる「Rule of Thirds」も報告している。どれか1つのチャネルに賭ける戦略は、もう成り立たない。
ファネルが地図として壊れた理由
従来のファネルは「認知 → 興味 → 検討 → 決定」の一本道だ。だがGartnerが1,000人以上の買い手を追跡した研究では、実際の行動は6つのジョブを同時に、順不同で行き来するものだった。
問題の特定
解決策の探索
要件の構築
サプライヤー選定
検証
社内合意形成
要件を作りながら別の解を探す。ベンダーを絞ったあとに「そもそも前提は正しいか」と振り出しに戻る。一本道ではなく迷路だ。「いまどの段階ですか?」と聞かれても、買い手自身が答えられない。
しかもその迷路を一人で歩いていない。1つの購買に関わるステークホルダーは6-10人、最近の調査では11人前後まで膨らんでいる(Gartner)。技術担当は「動くか」を見て、財務は「回収できるか」を見て、法務は「リスクはないか」を見る。同じメッセージでこの全員に刺さるはずがない。
情報を「足す」と、買い手は決められなくなる
買い手が迷っているなら情報を足せばいい——この発想が罠だ。eBook、ウェビナー、比較表、ROI試算、事例集。結果、買い手の55%が情報量に圧倒され、44%がベンダー間の主張の矛盾に混乱している(Gartner)。
情報の追加は、買い手を前に進めない。むしろ「何も買わない(No Decision)」を選ばせる。
Matthew Dixonら『The JOLT Effect』(2022)は250万件のセールス会話を分析し、適格化されたパイプラインの40-60%が「No Decision」に終わると報告した。他社に負けたのではない。買い手が現状維持を選んだ。BtoB商談の本当の競合は、他社ベンダーではなく買い手社内の「やっぱり今のままでいい」だ。
コンテンツ1つで案件がクロージングするケースは、ほとんどないのではないだろうか。社内を動かすのは、機能の派手さではなく「リスクが減る」「工数が減る」という確信だ。「導入して6か月後に後始末していないだろうな」と関係者が思えたとき、初めて案件は前に進む。
Sense-Makingが、ファネルの代わりになる
Gartnerの結論はシンプルだ。勝つ営業・マーケは、情報を渡すのではなく「意味づけ(Sense-Making)」を提供している。散らかった情報を整理し、「あなたの状況ならこの順で考えるといい」と優先順位を示す。
これを具体的に支えるのが「Buyer Enablement(買い手イネーブルメント)」だ:
ROI/TCO計算機(チャンピオンがCFOにそのまま見せられる形)
競合との中立的な比較資料(自社を盛らない)
社内稟議テンプレート(購買・法務・情シスの想定質問つき)
導入の役割分担シート(誰が何をやるかが分かる形)
「社内にチャンピオンがいるから大丈夫」——その安心は早計ではないだろうか。実は会議で一度も言及してくれていなかった、という「熱心な観客」問題は想像以上に多いのかもしれない。マーケの仕事は、チャンピオンが出席しない会議でも使える武器を持たせることだ。
実務側の感覚として、チャンピオンが社内で答えを求められる問いは3つに絞られるのではないだろうか——「チームの痛みを減らすか」「既存システムに繋がるか」「何か起きたとき、この判断を守れるか」。この3問に答えられるコンテンツを揃えておくことが、見えない会議室での意思決定を動かすのかもしれない。
ファネルの代わりに、何を測るか
ファネル型の「件数」KPIを捨てるなら、何を見るか。3つの軸が機能する。
1. アカウント内のエンゲージメント密度: 同じ会社から何人がコンテンツに触れているか。1人ではなく3-5人に到達していれば商談化しやすい
2. Sales-Ready Accountの質: MQL件数ではなく、購買意向シグナル(指名検索・複数人接触・特定ページ滞在)が出ているアカウント数
3. Time to Consensus: 初回接触から社内合意形成までの日数。短縮していればBuyer Enablementが効いている証拠
きれいな三角形のファネル図は、もう戦略の根拠にはならない。買い手が営業に使う時間が全体の17%しかなく、6つのジョブを並列に走らせ、6-10人で意思決定する世界では、一本道の地図は役に立たない。
代わりに必要なのは、迷路を一緒に歩く伴走者の姿勢と、買い手が社内で勝てる武器の供給だ。教科書に載っていないBtoBマーケの次の現場原則を、引き続き掘り下げていく。
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出典:
Gartner: "The B2B Buying Journey" — 営業との接触時間17%、複数比較時5-6%、ステークホルダー6-10人、55%情報過多、44%矛盾、6つのバイイングジョブ、Sense-Making / Buyer Enablement
McKinsey (2025): "The multiplier effect: How B2B winners grow" — 平均10チャネル、Rule of Thirds
Gartner (2025): B2B買い手チームの74%が意思決定中に不健全な対立、購買委員会サイズ拡大
Matthew Dixon & Ted McKenna『The JOLT Effect』(Portfolio, 2022) — 250万件分析、40-60%がNo Decision
実務者フォーラムの議論を参考
📚 関連記事: 本記事で引用した英語一次文献をすべて収録
https://note.com/grand_clover4572/n/nf6ca7a10f798
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