見出し画像

「愛なんて、ずっと胡散臭い言葉だと思っていた。」



昔の私は、

「愛」という言葉が苦手だった。

なんとなく綺麗事に聞こえた。

「愛が大切。」

「愛で生きよう。」

そういう言葉を聞くたびに、

どこかで身構えていた。



私にとって愛とは、

何かをしてもらうことだった。

優しくされること。

褒められること。

助けてもらうこと。

あるいは、

丁寧に作られた作品を見て、

「愛がこもってる。」

そんなふうに感じるものだった。

つまり、

愛は”行動”だと思っていた。



でも、

何年も自分を見つめ続けて、

ある日、

どうしても説明できない感覚がやってきた。



それは、

誰かに何かをされたわけじゃない。

奇跡が起きたわけでもない。

ただ、

世界を見ていて思った。

「あれ……。」



私、

一人でここまで来ていない。



親だけじゃない。

近所のおばちゃん。

親戚のおじさん。

先生。

仕事で出会った人。

今まで出会った人。

まだ出会っていない人さえ、

全部つながって、

今ここに私がいる。



その瞬間、

今まで「点」だった人生が、

一本の線になった。



そして、

もっと驚いた。

私は今まで、

人生を自分で何とか動かそうとしていた。

こっちに行けば幸せ。

これが成功。

これが正解。

そう思って必死だった。

でも、

振り返ると、

思い通りにならなかった出来事ほど、

あとから見ると、

全部つながっていた。



あの仕事。

あの失敗。

あの人との出会い。

あの別れ。

全部。



その時、

初めて思った。

**愛って、

誰かが何かをしてくれることじゃなかった。**



私は今まで、

愛を探していた。

でも、

探していたものは、

最初からここにあった。



いいことがあるから愛。

悪いことがあるから愛じゃない。

そんな単純な話じゃなかった。

嬉しいことも。

苦しいことも。

出会いも。

別れも。

全部を含めて、

私は大きな何かに

ずっと支えられていた。



だから最近、

私は人生をコントロールしようとする力が、

少しずつ抜けてきた。

もちろん行動はする。

考える。

努力もする。

でも、

前みたいに、

「私が全部動かさなきゃ。」

とは思わなくなった。



結論

私は今でも、

愛をうまく説明できない。

きっと、

言葉にした瞬間、

少し違うものになってしまう。

でも一つだけ言える。

昔の私は、

愛を”探していた”。

今の私は、

愛の中にいたことを思い出した。

その違いは、

ものすごく大きかった。

愛は、

どこか遠くにあるものじゃなかった。

誰かにもらうものでもなかった。

**私は最初から、

その中で生きていた。**

そして、

それに気づいた日から、

世界は何も変わっていないのに、

世界の見え方だけが、

静かに変わり始めた。

いいなと思ったら応援しよう!