【企画SS#シロクマ文芸部】六月は
(1,000字)
「『六月』は好きだったなぁ」
ぱらりとページをめくりながら妻は言う。
「どこかに美しい村はないか」
「…茨木のり子?」
「そうそれ。よく知ってるねぇ」
自分から振っておいて随分な言葉だ。
「教科書に載ってたね。なんで『六月』なのか気になってた」
「そうそう。詩のなかには、六月どころか季節も明確に謳われてないんだよね」
言葉のリズムが心地良い、美しい詩。詩といえば小学生の頃の『のはらうた』以来、特に好きでも嫌いでもなかったけれど、『六月』はなんとなく覚えている。
「どっちが好き?村と街」
「村は黒ビールだっけ」
「そう。街は、すみれ色の夕暮れ」
「街にも食べ物がなかった?」
「食べられる実をつけた街路樹、だったかな」
ふふ、と急に妻が笑う。
「授業で、この『食べられる実』はなんだと思うか、って先生に訊かれて」
「あったねそういうの」
「街路樹って言われると思いつかないんだよね。単に果樹なら、りんごでもみかんでもいいんだけど」
街路樹。人工的に整えられた道に、整然と並ぶ樹々。黒ビールを傾ける村の樹々とは、きっと明らかに違うもの。
「君はなんだと思ったの?」
「びわ」
即答だ。
枇杷。小さなオレンジの、果汁溢れる『食べられる実』。
「枇杷の樹がどんなものか知らなかったけど、あの詩の街路樹にふさわしいのは、きっと小ぶりで、黄色かオレンジ色の、果肉が柔らかい果物だと思ったんだ」
なんでそう思ったのかは、わからないけど。
「不思議だね。あの詩を読んだとき、確かに村で畑仕事を終えた気がしたし、美しく整備された夕暮れの風が吹き抜ける道を、友人たちとおしゃべりしながら歩いてる気がしたの」
本のページから目を離さずに、妻は呟くように言う。
考えてみる。初夏から夏へと変わりゆく季節。明るい夕暮れ。命そのものと向き合う農作業と、どこまでも整然と続く街並み。ジョッキがぶつかる、重く豊かな音。風に乗って流れてゆく、歌うような学生たちの声。
どちらも美しい、人間の営みのかたち。
「もう六月だね」
妻はようやく顔をあげて窓の外を見る。紫陽花が色づくのを、今か今かと楽しみにしているのだ。
「茨木のり子の世界観とは違うけど」
「そうね。でも、こっちもわりと好きなんだよね」
雨。紫陽花。てるてるぼうず。
傘、水溜り、窓を伝う水滴、雨上がりの虹、
出掛けられずに、のんびりと詩について語り合う午後。
「夕飯はどうしようか」
妻の声が、雨音に重なる。
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