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【企画SS#片想い文芸部】チョコレート

(約2,000字)

「チョコレートケーキ、にしようかな」
「じゃあわたしはピスタチオ」
 わたしがふたり分の会計をする間、彼女は戸口の近くでぼんやりと外を見ていた。
 店員とやりとりしながら、わたしは彼女が大きなガラス戸の向こうに何を見ているのか、そればかりを考えていた。

 彼女がわたしに好意を抱いていることにはすぐに気がついた。他愛ない会話、さりげない仕草、遠慮がちなようで押しの強い言葉、近づくときの距離感。それらはすべて他の誰かと接するときと何も変わらなかったけれど、わたしに向ける視線が明らかに他とは違うことを、わたしは知っていたのだ。
 けんちゃんと同じだな。わたしがまっすぐに見返す度に、そっと伏せられる目線の先を見ながら、わたしはいつもそう思っていた。
 高校卒業までの長い長い時間をともに過ごした幼馴染。彼がまだ華奢で大人しい小学生だった頃、彼はいつも、彼女と同じ視線をわたしに向けていた。
 恋なんてまだ知らない、でもわたしに抱いている感情がその他の人間に抱くものとは明らかに異なることは自覚している、その確信と戸惑いと、まるで視線で絡め取ろうとするかのような強さ。そのすべてがないまぜになった視線。
 オレンジ色っぽいんだよな。半歩前を歩く彼女の、背中で踊る柔らかな髪を眺めながら、わたしはそんなことを思う。
 赤ではない。黄色か、青か、そんなものが少しだけ混ざった、でも確実に熱を持った色。
 オレンジ。緋色。朱色。濃紅。どれかはわからないけれど、赤ではない。赤には足りない色。

「改めて。お誕生日、おめでとう」
 それぞれのケーキを前にそう言うと、彼女は少し眉を寄せて、小さく「ありがとう」と言った。
「なんかごめん、帰るところだったのに」
「いいよ。ていうか、最初から言ってくれれば、ちゃんと先に用意したのに」
 内定式の時から仲の良かった同期3人で、休日に遊ぶ。そんな他愛ない機会に、日時と場所を指定したのは彼女だ。この日に、自分の家で。わたしともうひとりの同期は、特になんの考えもなく同意し、3人で集まった。一緒に買い出しに行き、ランチを食べながらおしゃべりに花を咲かせ、15:00を過ぎた頃、もうひとりは帰ると言った。
 一緒に出なかったのに特に理由はない。同期は家族との約束があると言い、わたしはその日、なんの予定もなかった。帰る理由がなかった、ただそれだけだ。
 それでも17:00を過ぎて、さすがにお暇すべきだろうと玄関を出ようとしたところで、彼女が靴を履いた。送っていく、と言って。
「いいよ、道はわかってるし」
「…ちょっと、買いたいものがあるから」
「ふぅん、なに?」
 特に意図があって訊いたわけではなかった。まぁいろいろと、みたいな答えをなんとなく予想していたけれど、彼女はわたしと視線を合わせないまま、小さく言った。
「ケーキ。…今日、誕生日なんだ」
「は??」
 薄い、艷やかなピンク色の唇がじんわりと噛みしめられるのをぼんやりと見ながら、わたしは誕生日という言葉を口のなかで転がしていた。誕生日。たんじょうび。ケーキ。
「なんで言わなかったのよ」
「…なんとなく」
「なんで今言うのよ」
「……」
 狭い玄関で向き合っていることがばかばかしくなって、わたしはドアを開けた。
「わかった、じゃあ買いに行こう。それでふたりで食べよう、ケーキ」
 彼女はなぜか驚いた表情をして、その後眉を寄せて俯いた。

 チョコレートと、ピスタチオ。それぞれのケーキを無言で食べる。彼女の視線が、戸惑うようにテーブルのうえを動く。艷やかな唇は、ケーキを一口含むごとにきゅっと噛みしめられる。綺麗に整えられた爪はこっくりとしたピンクベージュで、彼女にとてもよく似合っている。
 無言でケーキを食べながら、わたしはそうやって彼女を見ていた。彼女は見られていることに気づいていて、わたしの意図がわからずに大いに戸惑っていた。そのことに気づきながら、わたしは不躾に彼女を見つめることをやめなかった。
 好きな人に見つめられているって、どんな気分なんだろう。自分の気持ちに気づかれていることも、気づいていながら応えるつもりがないことも、それなのに友人として傍にいるつもりなことも、すべてをわかったうえで、嫌いになることもできず、好きだという気持ちを抱え続けているしかない。そんな相手に、ふたりきりの狭い空間で向き合って、まじまじと見つめられながらケーキを食べる。それって、どんな気持ちなんだろう。
 わたしはどうして、そんな残酷なことをしているんだろう。残酷だと思うこと自体、傲慢でしかないのだろうか。
 薄ぼんやりと自分に失望しながら、わたしは彼女を見つめ続ける。綺麗な肌、綺麗な髪、綺麗な唇、綺麗な爪。あのすべてが、きっとわたしのために整えられたものなのだと思いながら。
「…ごめんね」
 彼女がぽつりと言った。わたしは答えずに、自分のケーキに視線を落とした。


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#片想い文芸部
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