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【企画短編#noteでBL②】地獄に咲くは純白の、

毎月恒例、BL祭りに今回も参加いたします。
なみさん、いつもありがとうございます!!

先刻もう一作投稿してます。
よろしければそちらも併せてご覧いただけますと嬉しいです!

それでは、今回もよろしくお願いいたします。


ジャンル

和風耽美(メリバ)

あらすじ

地獄に咲くと言われ、その地域では忌まわしい花と記憶される地獄花。その花に心を奪われ、それだけを求めて日々を過ごすあにさまと、その身の回りの世話をしながら、彼のために生活のすべてを整えることを悦びとする亨介きょうすけ
兄さまへの叶わぬ想いを自覚しながら、恩義ある主人の要望に応えようと努める亨介は、ある日一枚の絵に出会う。
兄さまがその絵を目にする光景を想像した亨介は、彼をより喜ばせるため、自分が真に行うべきことに気づく。
兄さまの願いと亨介の想いが交わる時、地獄に咲くものは。

本編

【テーマ】3つのお題でBL(3,000~5,000字)
【お題】 地獄・土壇場でキャンセル・オタク×オタク
【タイトル】地獄に咲くは純白の、(字下げ含み約4,900字)



 あにさまは地獄花に目がない。
「年中咲くといいのだが」
 秋口、離れの庭を埋める燃えるような花々。春がようやく定まる今時分は、まるい根が糧を蓄える時期だという。地獄花以外に植えられたもののない庭は、花の盛りにひどく寂しい。
「何か切り花をご用意しましょうか」
 言うと、兄さまはきょとんと澄んだ瞳を大きくした。その美しさに、亨介きょうすけは思わず息を呑む。
「なぜ?」
「なぜ、って……お庭が寂しいでしょう。なにかお心を慰める別の花でも、と……」
 ああ、と薄い唇から漏れた声は吐息のようで、微笑っているようでも、嘆いているようでも、……憐れんでいるようでもあった。
「いらないよ。他に見たい花はない」
「そう、ですか」
 しんと空気が冷えたようで、亨介は小さく身震いした。居たたまれず、身体の前に手を突く。
「御用がないようでしたら、私はこれで。……また、明日まいります」
「ああ」
 頼むよ、と囁く声には笑みが滲む。顔を上げると、やわらかく溶けた瞳と出会った。
「亨介」
 呼ぶ声。
 向けられる瞳。
 指の先が、じんと熱い。
「おまえが選んでくれた絵はとても良い。……また、別のものが欲しいのだけれど」
 手元にあるのは、亨介が昨日届けた図画だ。
 灰色の空を背景に、どこまでも咲き群れる、燃えるような地獄花。
 血の色のような、禍々しいほどの、あかあかあか
「……かしこまりました」
 その絵から目を逸らしながら、亨介は静かに応える。兄さまの唇が満足そうに弓形を描く。

 兄さまは、地獄花に目がない。


 あれはいつの春だったか。
 ふと思い出す光景に、亨介は小さく首を傾げた。灰色の空と赤い花。弓形の唇。とても良い、と囁く声。
 そろそろ新たな図画が要る。画商が来るのはいつになるかと頭の隅で考えながら、息子の酔狂を嘆く主人に曖昧な笑みを返した。
 ひとり息子の心を占める地獄花。赤い花が庭を埋める秋はもとより、花が咲かない時期であっても、彼の心が地獄花以外に向くことはない。
 花の代わりに部屋を満たす図画。彼は今日も、それら絵の花を眺めて過ごす。
「あれでは嫁の来手もなかろう。同じ花でも、せめて別のものであれば」
「……地獄花とは申せ、天上に咲く花とも言われております」
「そんなことはわかっておる」
「失礼しました」
「跡継ぎがあれではうちは終わりだ。このままでは、俺は死んでも死に切れない」
「そのようなこと、」
 天上に咲くと異名を聞けど、凶作時、その猛毒の根にすら縋り、ゆえにさらなる死者を出したこの地にあって、それはやはり忌むべき花だ。
 主人の家系が心と財を尽くした結果、飢えは遠い過去となり、人々は穏やかな日々を得た。それでも未だ、赤い花は地獄に咲くもの。庭で愛でるものではない。
 初めて兄さまの庭を見た時は、亨介も身体が震えたものだ。
 一面に群れ咲く赤い花。
 それを背に微笑む人の、地獄の鬼さえ魂を奪われるかと思うほどの、……
「亨介」
 主人の声に、しゃぼん玉のような思考が弾ける。
「おまえ、この家に来てどのくらいになる」
「……七年に、なります」
 両親を亡くした時、父の親族は亨介に見向きもしなかった。ひとりで生きるには幼く、子として育てるには薹が立ちすぎた少年。それを、主人は「息子の相手にちょうどいい」と笑って迎えた。
 旦那さまと呼んではいるが、受ける生活は明らかに、跡継ぎの付き人の分を超える。
 感謝してもし切れない。勤めも可能な年となった今、自立するのは当然だった。本来ならば自分から言い出さねばならなかったと、亨介の胸に苦みが広がる。
 言い出さねばならなかった。
 わかっていながら、言い出すことができなかった。
 地獄に咲く花に心奪われた、他には何も求めない人。その部屋に通い、身の回りの世話をし、彼のために図画を選ぶ。彼の日々を整える。
 着るもの、食すもの、水を含む時間まで。目にする図画の、描かれたものから紙の質まで。彼が好むとおりに、すべてを。この手で。
 心痺れる、あまりに甘美なその務め。
 彼と我は、それだけの関係なのだから。
「おまえ、うちの養子になる気はないか」
 思わぬ言葉に、瞬時周囲の音が消えた。
「……え、」
 返す言葉のない亨介を、主人の眼が真っ直ぐに射る。戯れではないと悟り、身体が冷たくなるのを感じた。
「そんな、……そんな、畏れ多いこと。滅相もございません」
「なぜだ。おまえの母親は俺の再従姉妹、最初からうちの子として引き取っても良かった」
「今まで養っていただいただけで充分です」
「恩を感じてくれるならなおのこと、俺を助けると思って子になってくれ」
「それは、どういう」
 さわりとどこかで風が鳴った。眼裏に、群れ咲き揺れる花が浮かぶ。灰色の空を背景に、どこまでも広がる赤い花。
 定まらない心に、主人の声が重く刺さった。
「俺の子として、おまえがこの家を継いでくれ」


「いいじゃないか」
「……え、」
 はらり、と図画帳をめくる音がやけに大きく耳に響いた。呟くように言った兄さまが、かすかに首を傾ける。亨介が灯りの位置を変えると、一瞬瞳を大きくしてから、ゆっくりと微笑んだ。
「有り難う」
「いえ」
 それよりも。
 亨介は言を継ぐ機会を探る。図画帳をめくる手は滑らかで、灯りが揺れる頬は微動だにしない。彼は既に、花の世界に戻っている。
 はらり。
 はらり。
 図画帳をめくる音だけが響く。亨介はそっと息を殺して、その横顔を見つめ続ける。
 まだ、
 もう少し、
 海女が水面に顔を出すように、
 この人の心が、ほんの少しだけ浮かんでくる、その瞬間をーー
 はら。
 図画帳をめくる音が止む。兄さまの横顔から、彼の手元に目を落とす。
 今日届けた、新しい図画帳。亨介が選んで以来、兄さまが大層気に入る画家のものだ。寂しく厭わしい風景を好み、幽霊画を得意とするらしき画家の絵には、地獄花が多く寄り添う。
 兄さまの視線が注がれる一点。地獄もかくやと思われる、灰色と臙脂が入り交じる空の下。
 火事か、あるいはもっと広く、避けがたい凶事の表れか。臙脂に染まる空の色の意味は知れない。けれど冷たく心臓を掴む空の下、鮮やかに群れ咲く花の姿に、兄さまの瞳が滲むように揺れる。
 空よりもっと、もっと赤く禍々しい花。愛しむように滑る指に、ひんやりと縮んでいた亨介の心がふと解れる。
 花に注がれる視線。
 滑るような指の動き。
 そこに滲む、彼の心。
 ぽくん、と水面に泡の立つ音を聞く気がした。
「……いい、とは」
 静かに問うと、兄さまは瞬きをして亨介を見る。首を傾げる仕草は無垢そのものだ。
「だって、いいことだろう。おまえが父さまの子になって、この家にいてくれるのは」
「旦那さまは、私にこの家を継ぐようにと」
「だろうな」
「よろしいのですか」
「なぜ?」
 くらりと亨介の視界が揺れる。目の前の無垢な瞳が揺れる。
 地獄のような空の下、群れ咲く赤い花が、揺れる。
「……この家の跡継ぎは兄さまです」
 兄さまはパチパチと瞬きをする。その意味を亨介は知っている。
「だから?」
「……私が養子になり、旦那さまの跡を継ぐというのは、即ちーー兄さまは、跡継ぎの座を下ろされるということです」
 兄さまの、男にしては細い首がゆっくりと傾く。艷やかな髪が頬を滑る。
 その意味を、亨介は知っている。
「だから?」
 灰色の視界に、無垢な瞳は磨き抜かれた貴石いしのように眩しく光る。その瞳に重なるように、燃え立つ赤い花が揺れる。
「いいえ。……なんでも、ございません」
 知っている。
 この人のことなら、なんでも。
 誰よりも。
 この問いがいかに意味のないことかも、最初から。


 この人の心が、ただひとつに注がれていること。
 自分はその瞳に、映ってさえいないこと。


「若さま、御免くださいまし」
「やめてください、畏れ多い」
 眉を寄せると、出入りの画商はくっくと笑った。痩せぎすの手が滑らかに品物を並べる。
「何をおっしゃる。ついにお認めになったと、巷はまさしくお祭り騒ぎだ」
「なにを、」
「この地はお屋敷あってのもの。この先のことを考えれば、皆身の縮む思いであったことでしょう。ご英断、誠に有り難いと」
「……やめて、ください」
 画商は細い目をわずかに見開く。思慮深い視線が亨介の顔に注がれて、深い皺のなか、色のない唇が静かに笑んだ。
「……では、本日お持ちいたしました品の、ご紹介をば」
 節くれ立った指が、ひとつひとつ図画を示す。説明を聞く亨介の眼裏に、灰と臙脂の空が浮かぶ。
 地獄もかくやと思われる、禍々しさに渦巻く空。表す凶事はいかなることか。亡霊を、地獄を、人絶えた風景に揺れる花を好む画家。
 その筆が描く地獄の花を、愛おしそうに見つめる人の、あの、瞳の揺らぎの意味は。
 地獄の鬼も魂を奪われるだろう、
 磨き抜かれた貴石のような、
 ただひとつしか映すことのない、その瞳のーー
「……それは?」
「これでございますか」
 目の端に留まる色。未だ名もなき画家のもの、と断りながら画商が持ち上げて見せる図画。
 その、鮮やかな花の色。
「ああ……これは、」
 墨色の墓地に佇む女。白い衣装。墨と白のなか、赤く、赤く目を刺す花。
 ほぅ、とかすかな吐息を聞く。自分のものか、あるいは幻。
 この色。墨と白と、赤い花。
 この絵を見たら、あの瞳は。
 どう揺れ、滲み、溶けるのか。
 それはきっと、……
「では、こちらでよろしいですか」
「はい、お願いいたします」
 準備をする画商を見ながら、亨介は白い女を思う。血の色の花に映える、墓地に佇む白い女。
 あの色。あれを見たら、兄さまはーー
 刹那、瞼に弾ける空。灰色と臙脂。渦巻く凶事。
 耳の奥で、幻の風がごうと鳴る。
 揺れる瞳。滑る指先。
 白い女。
 血の色の、花。

「……お待ちを、」

 自分の声がひどく遠い。

「はい?」
 画商が訝しげに眉を上げる。受け渡しを待つばかりの図画。
 代金に伸ばされた痩せぎすの手を、強く掴んだ。
「若さま、いかがいたしました」
 問う声には怯えが滲む。けれど亨介はどうでも良かった。
 どうでも良い。すべてが。
 それ・・以外には。
「この図画は要りません。代わりに、探してほしいものがあります」
「それは、……若さま、なにを……」
 告げられたものに、画商は戸惑い顔を歪める。
「そのようなもの、私にはお約束できません」
「わかっています。けれどご商売の繋がりがどこかにおありでしょう。どのような形でも良い、……いくらかかっても」
「……若さま……、」
 自分の言葉に、胸に風が吹くのを感じた。冷ややかな、侘びしい、秋の夕暮れに吹く風。
 彼の花を、揺らす風。


 自分の唇が弓形を描く様が、見えるようだった。


「……亨介?」
 風に混ざる匂いに、兄さまが端正な眉を寄せる。湿り気を帯びた生温い風。厚い雲に覆われた空は、薄く濃く、渦巻くような灰色だ。
 そこに煌めく、鮮やかな緋色。
「火事です」
「……火事、」
「ええ。近くで」
 風向き次第では爆ぜる音も届くだろう。炎の姿は見えず、ただ厚い雲に、赤く朱く凶事が映る。
「だいじょうぶですよ」
 禍々しい空を映す無垢な瞳に、そっと囁く。やさしく、甘く、溶けるように。
 兄さまがゆっくりと瞬く。それが問いかけの意味だと、亨介は知っている。
 自分の唇が、笑みの形に変わるのがわかる。
「それより、兄さま。……ほら、」
 ごらんください。
 禍事まがごとの空を映していた瞳が、声に応えて指を追う。亨介の背に隠されていたもの。灰色と赤、凶事渦巻く空の下、朱い、緋い空の下。
 あかに映える、

「しろ……」

 白い、白い、地獄花。

「きょうすけ」
「ええ」
「きょうすけ、」
「はい。……わかっていますから」
 知っている。この人のことならば、すべて。
 あの日、
 あの絵に、
 この人が何を思ったか。

「禍事のあかい空には、きっと」

 風が変わる。爆ぜる音。大きなものが倒れる音。喉を絞るような匂い。
 そのなかでただ、花は白い。

「しろい花が、映えるだろう」

 滲むように揺れる瞳。
 愛しむように滑る指先。

 知っている。望むもの、すべてを。

「きょう、すけ」

 呼ぶ声が何を意味するのかも。
 ……自分が、今、どんな表情をしているのかも。


「だいじょうぶですよ。……これからも、すべて私が、叶えて差し上げますから」


 風のなか、遠くかすかに、若さまと呼ぶ声を聞く。

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