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【SS】オオカミさんの事情

一晩をともに過ごして手を出さないのは、紳士かヘタレか。
「ヘタレだろ」
「ヘタレだな」
「ヘタレだわ」
納得いかない。
「満場一致かよ。倫理観どうなってんだ」
「いやいやいや。酔い潰れてるとか、意識ないとか、脅されてるとかじゃないんだろ?女が自分の意思で、自分の足で家に来たんだよな?」
「…そう仮定する」
「恋人のDVとか、ストーカーからの緊急避難ってわけでもなく」
「…まぁそうだ」
「ゾンビに追われて逃げ込んだ廃屋でもなく」
それはそうだろ。
「いやむしろ、その場合ならアリだろ」
「えっおまえそっち派?」
なんの話だ。
「まぁゾンビはともかく。女に意識及び自由意志があるなら、『そんな気はないけど一人暮らしの男の家しか行き場がない』ってのはあまりにも特殊事例すぎないか?ないとは言い切れないだろうけど」
痛いところを突かれる。
「つまり、そうなった段階で女もそーゆーことを覚悟してるはずだ。嫌なら金借りてホテルに泊まるとかもできるしな。一人でどこかに泊まるのが嫌なら、居酒屋でも公園でも、オープンスペースで夜を明かすのに付き合ってくれるよう頼んでしかるべきだ。そーゆーことになりたくなければ、な。…少なくとも、男がそう思うってことくらいは、オトナの女ならわかってるもんじゃないか?」
にやりと笑う悪友の意見に、俺は紳士説の主張を諦めた。
「で、誰のことだ」
「いや一般論だよ。ネットでそういう記事見たから」
「はぁああ?」
ふざけんな、と悪友たちが騒ぎ立てる。ここで負けてはいけない。俺は頑として一般論を押し通した。
「まぁまぁ、もういいだろ一般論で。な、藤川」
俺に紳士説を取り下げさせた張本人、松本が場をとりなす。でも、と不穏な一言を添えて。
「なんにせよ、その女は『紳士』の手に負えるようなヤツじゃない。やめといたほうがいいぞ」
「なるほどな…って、俺の話じゃねーよ」

「…で、今日はなんの用なわけ?」
尋ねると、彼女は細い首を傾げてみせた。
「特にないですけと」
「はぁ?じゃあなんで呼んだんだよ」
「え、会いたかったから?」
どういうことだ。
「そんな理由じゃダメですか?」
「ダメって言うか…ダメではないけど…ダメではない、な」
会いたいから会う。シンプルかつ真っ当な理由だ。一般的には、それが恋人以外の男女である場合、追加的な理由があることが多いだけで。相談したいことがある、とか。
でないと考えてしまうではないか。なぜ会いたいのだろう、と。
「私、友達いないから。一緒にご飯食べてくれるの、先輩しかいないんですよね」
「ああ。ひとりでメシ食いたくない気分だった、ってこと?」
「いえ、そうでもないですけど」
違うのかよ。どう捉えればいいかわからない答えの数々に、俺は考えることを諦めた。
彼女は俺に会いたかった。俺は会うことが嫌ではなかった。もうそれで充分だ。
「まぁいいや、食うか」
彼女はゼミやサークルのことをつらつら話し、俺に社会人はどんな感じかなどと訊き、ゆっくりと時間は流れていく。俺はどうでもいい会話をしながら、細い首や指先や、綺麗に流れる髪を見ている。
…もしあの髪に、ふれたら。

「次はいつ会えますか?」
店を出ると、彼女は当然のように訊いてきた。
「いつ、って言われても…まぁいつでもいいけど」
我ながら、この答えはヘタレだ。
「ふぅん?呼んだら、またいつでも会ってくれるんですか?」
大きな瞳が見上げてくる。感情は読み取れない。
「…予定がなければ」
「私と会っても困らないんだ?」
「なんでだよ。困る理由はないだろ。後輩なんだし」
ふーん、とやや不機嫌そうな声。意味がわからない。
「後輩だから会ってくれるんだ」
「…ていうか、後輩じゃなければ会う理由がないだろ。共通項がないし」
「ふーん」
不機嫌な様子は変わらない。何が言いたい?…いや、言わせたい、のか?
おまえの手には負えないと言った、松本の苦笑いを思い出す。
「じゃあ、後輩だから家に泊めたんですか」
「それは…」
それを持ち出すのは、ズルくないか。悪友たちの満場一致。紳士説は捨てざるを得ない…のだろうか。
「後輩だったら、誰でも泊めるんですか?」
いやいや、なぜ俺が責められる?
「…おまえ、あんなふうに男の家に上がるの、やめたほうがいいぞ。危ないだろ」
「…泊まらないもん、他の人の家になんか」
「え」
悪友たちの満場一致。松本の苦笑い。…これは、俺が悪い、のか?
いやいや、あるだろその前に。いろいろと、段階が。
「…わかった。とりあえず、後輩だからって泊めはしない。おまえも他の男の家には泊まらない。今日はここまでにしよう」
我ながらこれはヘタレだ。でもあるだろ、いろいろと。心の準備が。
彼女は納得していない顔だ。それでも、大きくひとつ息を吐いて、言った。
「わかりました。で、次はいつ会えますか?」
いつでもいい、とは言えなかった。週末、今度は昼から。…これはもう、
「デートですよ?」
いくら俺でも、逃げようがない。


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