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【お題SS#片想いのロジック】おでん屋さんでのひとコマ

(約2,000字)

「おはよ。あれ、今日早い?」
「おはようございます。一本早い電車に乗れて……どうされたんですか、それ」

 自販機に伸ばされる上司の手の甲、一面に大きな絆創膏が貼られている。

「あー、やけど。軽いけどね」
「やけど?」

 思わず顔をしかめると、上司もミラーで眉を寄せた。意識すると痛むのかもしれない。

「昨日同期とおでん屋行って」
「痛い!」
「はや」
「熱い、痛い」
「はは、ほんとそれ」

 フランクな笑顔と口調。ふんわりと軽い空気。
 素直に、ありがたいなと思う。

「……おでん屋さんって、行ったことないです」
「うそ。行く?」
「え」
「チーム……は人数的に無理か。じゃあやっぱり厳しいな。……特定の部下だけ、誘うわけにはいかないし」

 特定の部下だけを誘うことはできない。
 だから、一緒におでん屋さんには行けない。

 行かない。

 ごとん、と自販機の受取口が鳴る。 

「誰かと行ったら? 店は教えるよ」

 自分のコーヒーだけを買って、上司はふわりと笑った。
 何にする? とはもう訊かれない。缶を持つ手の絆創膏が痛々しい。

 誰かと。

 思わず固まるわたしを見て、上司は瞳を光らせた。
 ズルい大人の、悪い笑顔。


「うまいけど……やけどだけ、注意かな」


「どうされたんですか、その手」

 打ち合わせの席に着くなり、木戸さんは香山さんの手を見咎めた。

「やけどです。昨日おでん屋で……」
「それは痛い」
「木戸さんも?」

 香山さんが吹き出す。いたたまれない。

「ほんと似てますね、ふたり」
「え?」
「朝同じ反応されたんですよ。ふたりとも、全然おでんの話させてくれないんだから。もち巾うまいんですよ、とか用意してるのに。残念だなぁ」
「そんなつもりでは……」
「冗談です」

 悪い大人の笑顔で言って、香山さんは資料に目を落とす。くるくると、絆創膏が目立つ手でペンを回しながら。

「ついに来月でめど、ですねぇ」

 木戸さんと香山さんの共同プロジェクト。過去には幻と言われたのも納得の難易度で、正直何度も無理だと思った。
 それも、来月の会議報告でめどがつく。
 現場対応はこれからだけれど、施策としては決着する。だからもう、他部との喧々諤々の協議も、部内報告で再検討と突き返されることもない。
 その度に三人で集まって、こうして相談することも。

 この時間は必要なくなる。
 上司の手に貼られた絆創膏を見ながら思う。
 本当に、いろいろなことがあった。

「私はおでん屋に行ったことがなくて」

 降ってきた言葉に、すぐには反応できなかった。
 何の話だ。

「木戸さん?」
「屋台で、赤いのれんが掛かっていて、店主は寡黙で……というイメージしかないのですが」
「昭和感」
「そういえば、いわゆるキッチンカーを含め、ワンオペだと店主の離席はどのように……」
「待ってください、何の話ですか? おでん屋さん?」

 滑らかに逸れようとした話を強引に戻すと、木戸さんはハッと目を見開いて、それから照れたように笑った。
 とくん、とひとつ鼓動が鳴る。
 ズルい。なんだその表情は。
 なんだ、この展開は?

「香山さんからおでん屋と聞いて、行ってみたいなぁと……」
「行ってみたい?」

 わたしと香山さんの声が重なる。この人が仕事以外のことに興味を?

「おでんに特化した経営というものを見てみたいな、と」

 仕事のことだった。

「……原価率計算してそうですね、木戸さん」
「え、香山さんは……」
「もちろんしません。間宮さんもしないよね? ほら」

 木戸さんだけですよ、と香山さんは肩を竦める。眉を下げて笑いながら。

「おでん屋ですよ? 月商予測とか絶対にやめてくださいね」
「え」
「ダメです、我々が休まりません。計算も検討もなし。おでん屋に似合うのは、ほっこりした時間です」
「ほっこり……え?」

 呟く木戸さんが固まる。わたしと同じように。
 ……今、何か気になるフレーズが。

「我々、とおっしゃいました?」
「はい。同席者が客単価や原価計算しだしたらおでんに集中できないでしょう。ねぇ、間宮さん」
「はい……?」

 なんだ、この展開は。

「同席者?」
「うん」

 にっこりと香山さんは笑う。
 ズルい大人の、余裕の笑顔。 

「行きましょうよ。せっかくだから、三人で。プロジェクトの打ち上げとして」

 来月にはめどがつく、三人で進めてきたプロジェクト。
 
「打ち、上げ」
「うん。それなら、俺が間宮さんを誘っても問題ないしね」

 特定の部下は誘えない、という言葉。
 自分の分だけ買う飲み物。
 上司と部下の距離感を守ろうとしてくれる姿。

 ……いろんなことが、あった。

「いいですか、木戸さん」
「はい……私は、もちろん。間宮さんも?」

 木戸さんと目が合う。

 三人で。
 この人も、一緒に。

「は、い……」

 心臓が跳ねて声が掠れる。
 そんなわたしに、香山さんは悪い笑みを深めた。


「うまいけど、やけどには注意です。……するのは私だけかもしれませんけどね」


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こちらで募集したお題を使わせていただきました。
木たこさん、素敵なお題をありがとうございました!!

いやおでん屋行っとらんのか、っていうね。
行きませんでした。
たぶん次回もまだ行きません。
いつ行くんだろう……(おい)

そしてまた香山さん回に。
いや、推しとかじゃなくて、関係再構築してるよってとこを書こうと思ってですね!
おでん屋に了解取り付けたので許してやってください。
次はまた木戸マネが頑張るから!(たぶん)

前回のこの人たち↓
やっぱりビジネスモデルが気になる……らしい。

これまでの話はこちらからどうぞ☆
TALESでも公開してます!このシリーズだけならそっちのほうが読みやすいかも。
ぜひぜひ覗いてやってください(*´∀`*)

note版はこちら↓
※他の企画参加作もあります


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