短編小説「当たり屋」
「さて、そろそろ一仕事するか。」
アパートの一室、通帳を眺めながらごろごろしていた男はむくりと起き上がる。
彼は当たり屋、車や自転車に故意に衝突し、慰謝料をせしめるあの当たり屋だ。
以前手に入れた慰謝料が尽きてしまったので、そろそろまた当たりに行かなければならない。
「とはいえどうするか。ここらの獲物は大抵狩りつくしたし、あまり同じ地域でやり続けるのも怪しまれるだろう。」
人工知能をはじめとする諸々の技術の発展により最新の自動車は、ドライブレコーダーは当然のこと、自動ブレーキや運転アシストも搭載されており、当たり屋の成功率はかなり低い。仮にうまく当たっても、人工知能により完璧に統制された自動車に非はないとされ、最悪当たり屋であることがばれてしまう。
だから狙いどころが大切なのだ。
クラシックカー。今ではほとんど見かけない100%ガソリンで動くおんぼろ車。
古いものを愛するコレクターはいつの時代にも存在するが、最近はトレンドなのか、多くの人がこの懐古趣味に資産を投じていると聞く。
この前、ちょっと流行っただけで調子に乗ったお笑い芸人が「ずっとほしかったんですぅ」とか言ってSNSにクラシックカーの写真を投稿しているのを見かけた。
自分でカメラを取り付けることもあるが、結局はアマチュア。何度も当たりを経験してきた男の手にかかればカメラの死角を突くのは容易い。
自動ブレーキや人工知能の運転アシストなんて高度な機械はアマチュアの手に負えないし、そもそもそれらの最先端技術はクラシックカーに収まりきらない。その上彼らは自身の大切なコレクションに余計な手を加えるのを嫌う傾向がある。
だから狙い目なのだ。
「それじゃあ少し遠出して獲物を探すとするか。」
彼はこの仕事をゲーム感覚で楽しんでいた。
もちろん命を自ら危険に晒しているのだから、一歩飛び出し方を間違えればあっという間にお陀仏だ。
「だが、それが何だっていうのだ。好きでもない仕事を続けて朝から晩まで働き詰め、薬や治療で無理やり寿命を延ばして死ぬまで働くぐらいなら俺は一瞬で莫大な資産を手に入れパーッと使いたいものだがね。」
太く短く。それが彼のモットーだった。
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彼が住む地域から電車で二時間ほど。
再開発に乗り遅れたこの地域は人口密度がかなり低く、道路が広いため、普段人工知能に制御された完璧な車に乗って仕事に出かける彼らは自らの拙いドライブテクでお気に入りのクラシックカーを走らせにやってくるのだ。
電車を乗り過ごしたついでにぶらぶらと散歩をしに来た。という体で駅を出て、そこらを歩き回る。
「いたいた。」
見ると向こう側に一台の車が止まっている。
真っ黒な車体に目ン玉のように丸いヘッドライト。クラシックカー特有の髭のような...
「うむ、典型的なクラシックカーだな。大柄の男が運転手で小柄の女は同乗者か。大方ドライブデートと言ったところだな。女は燃料を補給しているのか。このあたりにガソリンスタンドなんてないものな。
にしてもかわいそうに、あんなでかい燃料タンクを女一人に持たせるとは。男も座っていないで手伝ってやればいいのに。」
すれ違いざまにちらりと車内を確認する。カメラなし。完璧だ。
いったん駅に戻り、今度は反対側から出てみると、ちょうど燃料を補給し終わったのか、車は二人を乗せ意気揚々と走り出す。
やるなら今だ。
男はさっと道に飛び出す。とにかく思い切りが大事だ。変におびえて恐る恐る片手を突き出したところでそのまま逃げられるかもしれないし、獲れる金もたかが知れてる。
いっそ思いっきりぶつかってやり、腕の一本や二本ためらうことなく折ってしまうのだ。
大事故となれば車側もおいそれと逃げ出すわけにいかないし、何より指名手配でもされたら大切なコレクションである車を修理できなくなる。すぐに足がつくからな。
逃げ出してニュース種になるよりは素直に示談にしたほうがよっぽどましなのだ。
地面とタイヤが擦れ、黒板を爪で引っ掻いたような不快な音を奏でると共に俺の体は宙に浮いた。
地面に着地すると同時に右足がばきりと嫌な音を立てた。
この痛みにはいつまで経っても慣れないが、大金のためだと思えばなんてこともない。
さあ、早く降りてこい。そして俺を介抱しろ。
しかし2人は出てこない。
おお、先に救急車か?それとも逃げるか迷っているのか?
少し時間を置いて助手席の女が降りてくる。
「あの、足折れたんで救急車呼んでもらっていいっすかね?」
女は何も言わず立ち尽くしている。
なんだ、動揺しているのか?無理もないな。
面倒だが【被害者】の俺自ら連絡してやるか。
「本当にいいの?」
女が口を開く。
一瞬耳を疑う。
「何のことっすか?」
「本当に、救急車呼んでいいの?」
何を言っているんだこの女は。
俺が当たり屋だと悟ったのか。
だが証拠は何もない。
構わず電話をかけてやる。
「あの…すみません、ちょっと車にはねられまして…はい。足折れました。ついでに警察呼んでもらっていいっすか。場所は…」
俺が電話をかけている間、女は俺を冷たい目で見下ろしているし、男は車から出ることすらしない。
まあいいさ。金さえ貰えれば俺は文句ない。
「一応警察にも来てもらうことにしました。完全に事故ですしね。とりあえず話はそれから…」
「当たり屋の方ですわね?」
は?
「いやいや、何言ってるんすか。自分らの非を認めたくないからって勝手なこと言って。そっちがその気ならこちらも出るとこ出させてもらいますよ。」
…まあいいだろう。実際いい流れではある。裁判に持ち込めれば旧式のおんぼろ車に乗っていたこいつらに100%過失が認められる。
カメラどころかカーナビすら無いポンコツを運転していたお前らの責任だ。
何を言っても無駄だ。
「証拠はあるんですか?俺が当たり屋をしたっていう証拠は?無いでしょ?だったら素直に…」
「ありますわよ。」
はい?
「事故の瞬間の映像を記録してありますわ。」
おいおい、まじか。見逃していたのか。俺としたことが。
とはいえカメラがあったところで俺の当たり屋技術を舐めないで貰いたい。
一度だけ、ドライブレコーダーを搭載した車に当たってしまった事があったが、それでも俺の非は認められなかった。
人工知能のアシスト機能でもあれば話は別だが、わざわざ改造のしにくいクラシックカーを選んでいるのだ。そんな高度な装置は付いているはずはない。
「じゃあその映像見せてくださいよ。」
「いいですけど、そもそも動けるんですの?足、折れていますわよね?」
そうだった。
「じゃあいいです。警察が来たらその映像提出して下さい。どちらの言い分が正しいかはっきりするはずです。」
「ええ、そうですわね。あなたが当たり屋であるという事実が。」
まだ言うのか。
「あなたもしつこいですね。言っとくけど俺怪我してるんすよ。だのにあんたらは…」
「最近多いと聞きますわ。クラシックカーを狙った車上荒らし、煽り運転、それに当たり屋。普通の車と違って余計な機能が付いていないから狙いやすいと思われているのですわね。【この人】を作っておいて正解でしたわ。」
言うと女は運転席の側にまわり、扉を開ける。
中から引っ張り出された男は…
「人形?」
運転手の男は座った姿勢のまま地面に転げ落ちる。
「というよりロボットですわ。」
女がロボットの首を引っ張ると、簡単に取れた。頭の後ろにはスクリーンが付いている。
「事故の瞬間はこの人が記録してくれていますの。」
スクリーンをタップすると、男と車が衝突した瞬間が再生された。
「それにこの人は運転までして下さるの。人工知能ですから滅多な運転ミスをしませんし、性能は最新自動車のそれと変わりませんわ。もしこの子を証拠品として提出したら、警察はどちらに非があるとお思いになるでしょうね。」
車が改造できないから外付けにしてしまったと言うことか。
「やられた。」
「だから救急車を呼んでいいのか聞きましたのに。もうすぐ救急車と一緒に警察の方もいらっしゃるでしょう。そうなったら…」
「頼む。俺が悪かった。何でもするから許してくれ。」
一度捕まれば今までの事故も再調査が入るかもしれない。刑務所に入って、多額の賠償金を支払うことになって何が楽しい。それなら死んだ方がマシだ。
「別に見逃してあげてもいいけど、その代わり私のお願いを聞いて下さる?」
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地面とタイヤが擦れ、不快な音を奏でる。
軽い衝撃と共に目の前で若い男が宙を舞う。
暫くすると青年は立ち上がり、窓を叩いて何やら喚く。
「やい、ぶつかったぞ。どうしてくれる。警察呼ぶぞ。」
素人だな。ぶつかり方がなっていない。
「あんた、わざと当たったでしょう。」
「は、はあ?ふざけるなよ。こっちは被害者なんだぞ!出るとこ出てやるからな!」
高圧的な態度は被害者としてあるまじき態度だ。
車から降り、運転手の正体を教えてやる。
そこからはいつもの手順通りだ。
しかし驚いた。まさか【当たられ屋】なんて商売があったとは。
おんぼろ車に乗ってわざと当たり屋に狙われることで逆に証拠を掴み、相手の弱みを握って金を搾り取る。効率は悪いがこっちは人工知能に統制された車に乗っているのだから安全だ。
貯金が尽きた俺には女の言う金額を支払う事ができなかった。だからあいつの言った金額を稼ぐまでこの仕事をさせられている。
どうやら当分、細く長く生きざるを得ないようだ。
