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【絆】という名の鎖。逃げられない関係性を、静かに切断する

「絆」という言葉の響きに、いつからか、微かな吐き気を覚えるようになったんです…

私たちは、誰かと繋がっていることを「善」だと教えられて育ちますね。

家族、友人、あるいは目に見えない世間という名の繋がり。

それらを大切に育むことが、人間としての正しい在り方なのだと。

けれど、その温かいはずの紐が、いつの間にか自分の首に食い込んでいく。
呼吸を浅くさせていることに気づいた時、私たちはどうすればいいのでしょうか??

大切にしたいと思えない相手。

会うたびに、自分の内側が少しずつ削られていくような感覚…

それでも「関係」という名目が、背中を強く押し、元の場所へと引き戻されるんです。

ようは、逃げられないわけです。

その絶望感は、どこか家畜が繋ぎ止められている景色に似ているのかもしれませんね。

相手を拒絶できないのは、あなたが優しいからじゃない、ただ、自分を守るための術を知らなかっただけ。

あるいは、相手を傷つけることで、自分自身の「正しさ」が崩れるのを恐れているだけ。

もし今、あなたの手首に、目に見えない鎖の重みを感じているのなら。

まずは、その鎖を「愛」や「恩」という綺麗な名前で呼ぶのを、やめてみてもいいのかもしれませんね。

それは、ただの紐です。

あなたを縛り、自由を奪い、誰かの都合の良い場所に留めておくための、無機質な道具。

物理的に断ち切る勇気が、今すぐには持てなくても、

心の中で、その接続を少しずつ「薄めていく」ことは、誰にも邪魔されないあなたの権利でしょう。

相手の言葉を、意味を持たないただの「音」として聞き流す。

相手の感情を、遠くの空で鳴っている「雷」のように眺める。

「理解し合える」という、あまりに傲慢で、あまりに重い幻想を、すっと手放す。

冷酷でしょうか。

それとも、自分の命を守るための、静かな祈りですか?

絆を緩めた先に待っているのは、剥き出しの「孤独」かもしれません。

何も聞こえない、誰もいない、ひんやりとした静寂。

その場所は、世間から見れば「不幸」と定義されるのかもしれませんが。

誰の目も気にせず、自分のためだけに深く息を吸い込めるその一瞬が、何よりの救いになることもありますよね。

今夜は、その鎖の感触を、ただ、静かに見つめてみてください。

無理に解こうとしなくていい。

ただ、「これは鎖なのだ」と認めるだけで、何かが少しだけ、変わるような気がします。

暗闇の中で、あなたの呼吸が、ほんの少しだけ深くなることを願っています。


私の最初の記事、
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