【小説】『ココロ走る』第二章:交わる足跡編 第30話 涙の2キロファンラン——それぞれのゴールへ
秋晴れのマリーナシティに、潮の香りとジャズが流れていた。
和歌山ジャズマラソン——現実と理想が交わる特別な日。
そして、キャプテン聡太は走り出す。
———
聡太の10キロは私の競技途中でもう始まっていた。スタートは見られない。
私もゴールした後、聡太の応援へ駆けつけた。
聡太は、全体練習のない日もストイックに1人で走っていた。
———あるとき、私が聡太の体を気遣って
「怪我したら、あかんから無理だけはするなよ」
というと、
「怪我はします。無理もします。勝ちたいんで!」と鼻息荒く応えてたのを覚えている。
その聡太がここに結果を出すため走っている。
そろそろ先頭が見えるときだ。
聡太だ! 聡太がトップで帰ってきた。
聡太らしくすました顔でなく、必死の形相だ!
後ろから聡太にピタッとくっついたランナー。
素人目で見ても聡太より余裕がある。
「聡太ーーー! 」
「がんばれーーー! 」
私たちは口々に叫ぶが、聡太には届かない。
後ろのランナーが横に並んだ
———その瞬間、時間が止まったように感じた。
私には、古い映画のコマ送りのように見えた。
最後の200メートルくらいで後ろのランナーが聡太をかわし、聡太は単独2位でゴールした。
聡太は肩で息をしている。松田が駆けつけ、
「すげ〜、2位やで! 聡太」
本当に松田は感動している。
「くそー! 最後に抜かれた。一位狙ってたのに」
聡太の目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「木下くん、カッコ良かったで」
「2位を喜ばな、3位が浮かばれへん」
「ほら、表彰式、表彰式! 」
と桐谷に急かされ、聡太はまだ悔しさをにじませながらも、表彰式へと歩き出した。
少し休憩したあと、最後のラン。
2キロファンラン。
明美、水嶋、桐谷、松田そして私だ。
「えっ、誠さんエントリーしてるん? ゼッケンしてる」
「そうやで、みんなで走りたいから」
「明美さんと走りたいんでしょ」
と陽介がつっこむ。
———さあ、いこう! みんなで
スタート地点には、まるでテーマパークのパレードのように色とりどりの仮装ランナーがあふれていた。ミニオンにミッキー、鬼滅の刃のコスプレまで。仮装ランナーたちの姿からは、大会を全力で楽しもうという雰囲気があふれていた。さらには、車椅子の方や高齢者の方。すごい人の渦だ。
2キロファンラン!開幕だ。
行けるはずだった。走り出して気づいた。
———走れる足ではない。
「俺! リタイヤ」
私は明美、松田、桐谷、水嶋の順に手をクロスさせバッテンのポーズを見せ、沿道へと去って行った。
皆一様にキョトン顔をし、前に行かないと、と気づき走って行った。
明美と大会で走るのはお預けだ。
けど、いい。もう今日は十分だ。
皆をゴールで待とう。そう思った。
私はファンマラソンのゼッケンを外し空を見上げた。本当に秋の空がどこまでも青く、マリーナシティの海もキラキラ太陽に乱反射して眩しいばかりだ。
明美は予想以上に頑張った。私がリタイヤと決めたのは、明美のペースが速いと感じたのもある。それくらいの気迫だった。
10分近く子供達、陽介、聡太と待っていたら、順にゴールしてきた。
松田、水嶋、桐谷そして、明美だ。
2キロはファンランなので、タイム表示はない。松田、水嶋、桐谷もベスト更新だった。
驚いたのは明美だ。私の時計で11分台後半。
1キロ5分台……これまでの明美なら考えられなかったスピードだ。
明美は、もう「がんばるだけの人」じゃない。
本当に走れる人になった。
「すごいやん、明美」
「ママ、すごいすごい」と子供たちも口々に入っていた。肩で息する明美に
「頑張ったな! 本当に」
と、私が声をかけると、明美は急に目頭を抑えて泣き出した。抑えていた感情が爆発した。
「がんばれたのは……誠さんのおかげ」
「家族のおかげ、チームのみんなのおかげ」
「本当に心も体も取り戻せたね! 誠さん良かったね……」
私は、はっとなった。
……そうか。あのとき心を壊した私が、いま、走っている。
パニック障害になって、苦しかった。
中村先生、山口先生に支えられ、ようやくここまで来た。
———これこそ奇跡だ。
走ることで繋がった輪。チームの仲間。改めて走ることへの感謝の気持ちを感じた。
こうして、私たちの和歌山ジャズマラソンは終わった。帰りに和歌山ラーメンを堪能し、家路に着いた。
帰り道、聡太は何度も「くっそー! 次は絶対1位とるからな! 」と繰り返していた。
その背中は、負けてなお強く、いつもよりずっと大きくたくましく見えた。
ありがとう、和歌山ジャズマラソン!
※本作に登場する「和歌山ジャズマラソン」は、実在の大会に基づいています。主催者様より名称使用のご了承をいただいています。
