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【小説】『ココロ走る』第二章:交わる足跡編 第21話 広がるチームの輪


 2月の終わり。まだ気温も低く、コロナ感染予防の通達も繰り返される中、会社はどこか沈んだ雰囲気が続いていた。
けれど、昨日の三宅マラソンの話題だけは、社内の空気を少しだけ明るくしていた。

何より目立っていたのは、木下だ。自分は出場していないくせに、同期を引き連れて朝から得意げに話している。
中学時代、同じ陸上部だったという松田俊平(もと短距離)、水嶋悠也(もと高跳び)、そして2年目の桐谷拓を加えて、輪の中心にいる。

 彼らは皆20代前半。世代も価値観も、自分たちとはまるで違う。
かといって、飲みの席で砕けた話をする機会も、このコロナ禍ではほとんどない。
研修も歓迎会も簡素に済まされ、いつの間にか“壁”のようなものができてしまっていた。

自分は、彼らにとってどんな存在なんだろうか——そんな思いがふとよぎった時だった。

「森山さん、おはようございます!昨日はお疲れ様でした!」

木下が輪から抜けて、明るく声をかけてきた。

「おはよう。昨日は応援ありがとう」

「本当は出たかったんですけど、仕方ありません」
「それより、森山さんや伊藤さんの走り聞いて、走りたくなったやつがいっぱいいてるみたいです! 」

「ほんまか? 皆、朝ラン来るか? 」

「はい!  行きたいです! 」と、 
松田が間髪入れずに言う。
「俺も一度走ろっかな」と水嶋。
その後ろで、桐谷が少し遠慮がちに立っていた。

「桐谷はどうや?  走るん、嫌いか? 」

「嫌いではないですけど……元水泳部なので」

「部活なんて関係ないって。走るか走らんか、それだけや。速さなんてどうでもええよ」

「走ります。……お願いします」

——正直、ちょっと驚いた。

彼らにとって、上司なんて“別世界の人”くらいに思ってるんじゃないかと考えていた。年齢も倍以上も離れている。
でも、違った。言葉をかければ、ちゃんと応えてくれる。
もしかすると、こっちが勝手に線を引いていただけかもしれない。

3月5日(日)

 久しぶりによく晴れた日曜の朝。
大阪城の外周には、春の気配が確かにあった。まだ肌寒い風の中に、新芽の匂いが混ざっている。

「おはようございます! 」
全員、時間通りに集合していた。これだけでも、ちょっと驚きだ。今どきの若い連中は、もっとゆるいのかと思っていた。

「木下、ストレッチ頼むわ」

「うっす!  イッチ、ニー、サン、シー! 」

木下の号令に合わせて、皆が真面目にストレッチを始める。
松田の動きはキビキビしていて、体育会系の血を感じる。水嶋はちょっと脱力系。桐谷は静かに黙々と。
こうして見ていると、それぞれの“部活カラー”がまだ抜けていないのが微笑ましい。

「ほな、とりあえず走ろか」
「木下、お前はジョグやぞ速すぎはあかん。
スピード違反。」
「うっす! 」

——そして、走り出した。

 一緒に走ると、分かることがある。
皆、口では「走れるかな、自信ないわ」「ほんまにそれ」と、軽そうなことを言っていても、本気だった。誰ひとり、手を抜く様子はない。
 最初は1キロで一度休憩した。マラソン大会モードで練習してきたせいか。私たちのアップジョグペースも速かった。皆、肩で息をしている。水嶋も顔を真っ赤にしている。
陽介と木下は、さすがに慣れている。
まだ余裕がある。

少し歩いてから、今度は「自分のペースで1キロ走ろう」と声をかけた。
「合図したらスタートや」

パチンと手を叩いた瞬間、皆一斉に飛び出した。
ダッシュかと思うほどの勢い。松田は跳ねるように、まるで昔のスプリントを思い出すかのように走る。
桐谷も、元水泳部とは思えないフォームでついていく。水嶋も、意外に粘り強い。

だが、700メートルを超えたあたりで、3人とも急に失速。私と、陽介が新メンバーを抜き去った。木下は既に走り終えて1キロ先の地点で涼しい顔でこちらを見ていた。

——やっぱりまだまだやな。でも、頑張ってる姿は、見ていて気持ちがいい。

大阪城の南門あたりで止まって、私と陽介、木下が後続を待った。
そして、大声で声援を送る。

「ファイトーー! 」
「あと少しーー! 」

先に戻ってきたのは松田、次に桐谷、そして水嶋。
全員、汗びっしょりで、息も絶え絶え。けれど、その顔にはどこか清々しさがあった。

「しんどいときは歩け歩けー」
木下が声をかけ、自然とクールダウンのウォーキングが始まる。

歩きながら、ふと思った。

——この子ら、ほんまに目ぇキラキラやな。

大人になると、何かを始めることに臆病になる。
けれど彼らは、ちゃんと一歩踏み出してきた。
「走ること」が、世代を超えて心をつないでいる気がした。

その日から、私たち6人はチームになった。

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