【小説】『ココロ走る』第二章:交わる足跡編 第18話 暗い世界に小さな光「走る決意」
2022年2月、コロナ第6波、オミクロン株の大流行の中、社会は依然として「密を避けて、できるだけ通常の動きをするように」という政府の呼びかけに従っていた。
例にもれなく、元気が取り柄の大阪の町もどこか薄暗く、人々の足取りは重い。経済の流れも鈍くなっているように見えた。
そんな中、不動産業界も例外ではなく、営業成績は伸び悩んでいた。森山が働く不動産会社Kōfuku Homesも、以前のような勢いを取り戻せずにいた。
けれど、どこかでこうした状況に反抗するかのように、森山と仲間たちは社内に明るい話題を提供し続け、閉塞感を感じさせないよう心がけていた。
「そういえば陽介、こないだ問い合わせくれた焼肉屋の店長さん、ロイヤルマンションの最上階、どうなった? 」
森山が書類を手にしながら、デスクでパソコン業務中の陽介に声をかけた。
「はい、先週お店に伺って、物件も実際に見てもらったんですけど、内装も眺めもめちゃくちゃ気に入ってくれて、“これや”って感じだったんです」
「おお、それええやん。…でも、“だったんです”ってことは? 」
少し間を置いて、陽介は苦笑いした。
「最近、やっぱりコロナの影響がきついみたいで……。客足が戻らなくて、売り上げが落ちてるって。買うの怖くなったって話してました。ローンも通ってたんですけどね……」
「そっかぁ……うん、大丈夫大丈夫。縁があるときは、ちゃんと決まる。次、行こか、次」
「ありがとうございます。僕も、気持ちは切り替えてます」
森山が微笑むと、陽介も頷いた。
「で、次、いつ走ります? 」
「ん、明日走ろうか。木下にもLINEしといてくれる? 今日も物件回ってるやろ、あいつ」
「了解です。よーし、明日は走ってスッキリしましょう!」
仕事が詰まっても伊藤や木下は「走る」という吐き出し口がある。それもなく、社会が閉塞している状態の社員はどこか暗い。うちの会社は系列会社はともかくとして、大阪東支店は30人満たないくらいの小さな所帯だ。一人一人の力がそのまま影響する。このコロナ禍、飲みにでも行ってというわけにもいかず、時々は個々に話を聞くようにしている。
そんな2月のある早朝、家で走りに行く準備をしていたら。
明美が突然居間に起き出してきて、
「私も……走ろっかな」
「えっ! 」
「誠さんほどではないけど、走るの好きだし」
「でも、吹奏楽部で運動してきてないけど、同じ距離は走れないけど……」
「そんなん何だっていい、走ろうや! 一緒に」
盆と正月が一気に来たくらい嬉しかった。
今度ランニングウェア買いに行く約束して、家を出た。決意表明も兼ねてプレゼントするつもりだ。走る輪が広がる。
———明美と走れる。
運動音痴と自負する明美はずっと沈黙を守りつつ、私を応援してくれていた。今度は同じステージに立てる。
———朝の息が凍りそうな大阪城公園。
「森山さーーーん」
陽介の声だ。隣に木下。早く早くと言った顔で私を待っている。
「よし、行こうか!」
「先ストレッチと体操っすよ!」
「怪我しますよマジで!」
と木下。
私には仲間がいる。走る仲間が。仕事する仲間が。今、今を生きる大切な仲間。そう思うだけで、胸の奥にあたたかい火が灯るような気がした。
