【小説】『ココロ走る』第二章:交わる足跡編 第23話 キャプテン、聡太走る
4月の桜が満開になり、花香る時期。KRT誕生で盛り上がるチームの中、1人黙々と朝の大阪城を走る男がいた。
木下聡太。
彼は走ることに人一倍ストイックで、走り出したら止まらない。その成果もあり、高校時代の大会では何度も地区大会の中距離で優勝している。しかし、酷使し過ぎた膝の故障から部活を辞めなくてはならなくなり、そこからはずっと、走っていなかった。聡太は過去の栄光という言葉が嫌いになった。好きな自分を取り戻したい。それが今の聡太だった。
聡太はチーム練習の日曜日以外にも朝ランを続けており、森山や伊藤らとペースが違うため、1人で走る日が増えていた。
———1キロ3分の壁。
聡太はその壁と自分のプライドと戦っていた。走れば走る程、身体は応えてくれると信じて。
「あかん、こんな走りちゃうかった!もっと昔は」
聡太の1キロのラップは3分ジャスト。
悪くない。もちろんチームのトップランナーだ。
玉ねぎリレーの出場を松田から聞き、雰囲気を掴むためにYouTubeで玉ねぎリレーの様子を見た。途中で玉ねぎを拾わせてくれる、和気あいあいとした楽しいリレーマラソン…。
だが、それだけではなかった。
聡太はそのレベルの高さに驚愕した。
第一走者のトップランナーのタイムは2分40秒。
驚異的なスピードだ。それは、聡太の学生時代のベストタイムとほぼ同じ…。
聡太はチームのリーダーとしてではなく、1人のランナーとして、「自分を越える」というミッションを課したように思われた。
「あっ、木下くん? 」
「えっ!? 奥さん、森山さんの」
「何してんすか? こんな時間にこんなとこで」
「みんなの足手まといにならないよう、コソ練」
「えっ、玉ねぎリレー出るんすか? 」
「ずっと、応援してばかりだったから…今年は、ちょっとだけ挑戦したいなって」
「大歓迎っすよ! 皆でやりましょう」
「でも、私遅いから……」
「そんなん関係ないっす! 遅い速いやないんすよ、マラソンは! 走って、タスキをつないでゴールする、それだけでいいっす! 」
聡太は興奮気味に言ったが、ふとその言葉を飲み込んだ。
「……あっ! すいません。なんかおれ。自分が自分がってなってて、めちゃくちゃムキになってて、ちょっと悩んでて……でも……なんか吹っ切れました。ありがとうございます」
聡太は深々と頭を下げ、笑顔を見せると、全力で走り去って行った。
明美はその背中をじっと見守り、心の中で静かに応援の言葉をかけた。
「頑張ってね、木下くん」
———
次の日曜日、チーム練習。
桜舞う中で、明美のチームへの正式な入部と大会出場の報告があった。そして、聡太のキャプテン就任の正式な決定の日にもなった。
聡太は厳しい顔をし、空気をピリつかせながら話し始めた。
「キャプテンになりました木下です! 今後は皆さんをビシビシ鍛えますので、そのつもりでいてください」
「まあまあ、玉ねぎ拾いながらゆっくり走ろうや」と先輩の陽介が空気を和ませようとした。
「伊藤さん、レベル低い大会じゃないですよ! 特に先頭ランナーたちは」と聡太が言うと、
「木下が先頭走ってトップでぶっちぎってこいや」と陽介が笑いながら返した。
「そんなにマラソンは甘ないわ! 2分台がどんだけ難しいか! 」聡太は少し熱くなっていた。
「お前誰に向かって口聞いてんねん! 」と陽介が拳を振り上げ、立ち上がろうとした。その瞬間、桐谷が仲裁に入ろうとした。陽介の肘が桐谷の顔面に当たり、桐谷は倒れて鼻から血を流していた。
「がはっ、伊藤さん、殴ったらあかんよ」
「木下も言い過ぎや……あやまれ」
と桐谷は鼻を押さえながら立ち上がり、続けて言った。
「木下も速いんやから、トップ目指すのはいい」 「でも、無理なら無理でいいやんか」
「まだ時間あるし、やってみようや」
明美が桐谷にポケットティッシュを渡すと、聡太は少し沈黙した。
松田が聡太の前に出て、
「お前らしくないで。中学時代、絶対諦めんかったやん! 」
「やろうぜ、聡太」と声をかけた。
「あの日、木下くん私に言ったよね『走って、タスキをつなぐだけでいい』って」
「あの言葉で、チームに入る決心ついたの」
聡太はうつむいたまま、ポツリとつぶやいた。
「すんません、なんか俺……」
「伊藤さんすいません。偉そうに言って」
「桐谷さんも申し訳ないです……」
先ほどからだまって様子を見ていた私は聡太の肩に手をかけて、話した。
「木下をキャプテンにしたのは、一生懸命『みんなの走り』のこと考えてくれる、と思ったからやで」
「聡太! お前はまだまだ未熟や。けど、みんながリレーを走りきれるように指導できるのは聡太しかおらん。俺らのキャプテンしてほしい」
「はい、森山さん! 頑張ります。玉ねぎリレー、何位とかより精一杯やりますよ、おれ! 」
「さっすが、キャプテン! そうこなくっちゃな!」と水嶋はおちょけてみせた。
———やっとチームが本当に一つになれた気がした。
