見出し画像

【小説】『ココロ走る』 第4話 歩くこと、生きること

「パパ、どこ行ってたん?1時間も」

 大阪城公園を歩いた日。
帰ると、いつも明るい長女の萌花の顔が曇っていた。iPhoneのGPS機能で地図を確認して、ずっと帰りを待っていたようだ。
「大阪城?今日は誰もいなかったでしょ?」
妻の明美も最近めっきり口数が減った。

テレビでは「感染者数最多更新」のニュースが止まらない。得意気にテレビでアナウンスされる 
「パンデミック」「オーバーシュート」
横文字を言いたいだけやろ?と思ってしまう。
スーパーの棚からは、パンとティッシュが消えた。

我が家も他人事ではなくなった。
4月の2週目、次女の綾が陽性になり、
その世話をするうち、明美も陽性になり、
家のインフラが止まってしまった。
私が慣れない家事をすることに……
普段から何もしなかったせいか、かなりの負担となった。妻はこれを1人でと思うと、頭が下がった。
全て4人分、4人分の料理に洗濯……
いつも、ありがとうございます。心から感謝。

 部下の伊藤陽介も倒れ、連鎖反応が起こり、次々に会社を休んでいく人間が増えた。
ネットを中心にデマや陰謀説が飛び交い始めた。
人口を減らすために意図的にウィルスが作られた等々、無数にあった。

 帰宅すると家の空気が変わっていた。
家の中で隔離生活が始まり、
リビングでもマスクをし、必要以上喋らない。
不安と恐怖が壁みたいにそこにある。
毎日消毒とアルコールを手で持ち、ドアノブや
テーブルを暇さえあれば丁寧に拭いた。
萌花と2人「絶対うつらんとこな」と言いながら。
時折り、3階で明美と綾の咳が聞こえる。
見えないウイルスとの戦い。
家事との戦い。
孤独との戦い。

三食しっかり食事を作った。
実家から食材が届いたときは嬉しかった。
レトルトの色々が入っていたから。

面白かったのが、長女萌花のクッキングタイムだ。たまには作りたくなるのか、急に台所に立つ。さすが中学生といったクオリティだが、料理をするときの萌花の笑顔や叫び声(油はねとか一々反応するので)がほんのわずかな癒しになる。
戦いは毎日続く。

———私は、毎朝歩いていた。

朝5時。まだ空が青くなる前に。
大阪城の外周を1時間、歩いた。
誰もいない空間、誰にも見られない時間。

それが、唯一、大きく息ができる場所だった。

なぜか、私だけは感染しなかった。
萌花は数日後発症し、隔離した。
いや、むしろ私が隔離された。
特別気をつけていたわけじゃない。
免疫も心もボロボロのはずだった。

けれど、歩くことだけは、やめなかった。
何かにすがるように、
何かを信じるように。

朝のひんやりした空気の公園で、毎日、自分の足音を聞いていた。
「まだ生きている」という証拠みたいに。

いいなと思ったら応援しよう!