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【小説】『ココロ走る』第二章:交わる足跡編 第28話 ありがとう、友よ

 大会の挨拶が終わり、ゲストランナー・三津家貴也さんからの激励もあった。
娘の萌花はイケメンに夢中だった。
このあと、ハーフマラソンの陽介と私以外のメンバーはゴール地点のマリーナシティへ移動する。
「パパ、頑張ってね」
「陽介さんも頑張って」
萌香と綾は離れて応援する。
KRTメンバーもそれぞれ、沿道から声をかけてくれるが、もう離れてるので、「頑張って」としか聞こえない。1番元気は松田。何を言ってるか分からないが熱は伝わる。

さあ、いよいよだ!未知の世界ハーフマラソン。

そして、ランナーたちは目標タイム順に並ばされた。

———カウントダウンが始まる。

Garminのスタートを押した。
さあ、走れ!

最初はゆっくりでキロ7分ペースでいい。
目標は完走だ。

と、考えてる間に陽介が行ってしまった。
ものすごいスピードだった。
私を置いて行ってしまった……

考えない!今は目の前のランだけを考える。
息を整え、ゆっくり走る。調子は悪くない。
大丈夫!マイペースだ。
沿道の声援がすごい。
人の塊の中を走らされてる感じだ。

和歌山城を出発してマリーナシティーを目指すコース。和歌山城を離れる頃にはだんご状態だった人の塊がまばらになってきた。

————
国道を南へ南へ目指すはマリーナシティ。
実は大会前に下見ランに来たことがある。
「9キロ地点からの激坂」
これを経験したくて、ビジネスホテルを予約して1泊2日での予行演習。

———雑賀崎の峠越え

 ランナーの間でも有名だ。
走ってみたくて、和歌山まで行ったが、峠の1番上まで歩いて、坂を下ってきて、こんなもんかと帰ってきた。確かにすごい傾斜だった。しかし、「大阪城の雁木坂ほどの傾斜はない」とたかをくくって帰ってきてしまった。おまけに美味しい和歌山ラーメンを食べて。

——— 

快調だ!
ペース配分も悪くない。
1キロ6分20秒ペースで5キロ地点を通過した。
そして、海沿いへ出た。まもなく7キロ地点へと差し掛かった。給水所もエイドも十分ある。時折、ジャズが風に乗って聞こえてくる。
もちろん聞き続けられない。走っているので。
見てる余裕もない。
せめて耳だけはと思い、AirPodsはすでに外している。

———

 一方、陽介は森山の前方500メートルほどで、感じたことのない疲労と戦っていた。スタートに飛び出したツケがここで一気に回ってきた。というより、完全に練習不足だ。

8キロを過ぎたあたりから、ふくらはぎが鋭く痙攣し始めた。太ももも重く、まるで鉄のように硬直して動かない。脚が言うことを聞かず、呼吸は浅く乱れ、胸の奥が締めつけられるような苦しさに変わっていく。さらに、季節外れとも思える秋の強い日差しが陽介の体力を根こそぎ奪う。

9キロ地点——沿道の「がんばれ!」の声が、遠く、虚ろに響く。

突然、腹部に鋭い痛みが走った。胃がむかつき、吐き気が込み上げる。前方のランナーたちがぼやけ、視界が滲んでいく。脳内が真っ白になり、体から力が抜けていくのが分かった。

雑賀崎への上り坂に差しかかる頃、陽介は完全に脚が止まった。がっしりとした体つき——それが仇となり、支える筋肉が悲鳴をあげる。歯を食いしばっても、膝が折れそうになる。そして、ついにその場に崩れ落ちた。

沿道の人々の応援も、もう届かない。静かな空気の中、ただ一粒、涙が頬を伝った。

そのときだった。

「……すけ、陽介! 陽介!」

声がする。揺れる視界の中、誰かが駆け寄ってくるのが見えた。  
(あっ……森山さん。森山さんと走ってたんや)

「森山さん……ダメでした……」

「うっ!  足が……」

「こむら返りやな……。無茶するからやで」

「沢山のランナーが、輪を作ってたからもしかしてと思って、見たら陽介やったわ」
「ランナーは皆優しいな」
「救護も電話で呼んでくれたみたいやわ」

と一言一言優しく話しかけて、仰向けに寝転がせる。私は足を上げさせて、足の親指を90度以上地面の方に向けて押してやる。一時はそれで治るが再発する可能性はある。できるだけ時間をかけてゆっくり押す。

「あんなにとばすからやで、陽介。練習足りてないのに」
「10キロと言えど舐めたらあかんで」
「すぐ救護の人が来てくれる……どうした? 」

「すいません……俺、森山さんに……迷惑、かけて……」

「何言うてんねん。チームやろ、俺ら」

陽介は、手で顔を覆いながら、震える声で言った。

「今日はここまでにしときます……今日は」

「今日は……ん? 会社、辞めるんやろ? 」

「辞めるの、やめました。……今、決めました」
「KRTのみんなと、会社と……森山さんと」
「俺……ここで、走り続けたいです」
「……ここが、俺の居場所ですから」

「……いいんか?」

「はい……」
「金とか待遇より、大事なもんがあるって……」
「———走ってるうちに、分かりました」

私は、しゃがみ込んだままこくりとうなずいた。気づけば、大粒の涙が視界を滲ませていた。

「……ありがとう、陽介」
「正直……お前がおらんかったら、俺も……」

止まらない大粒の涙に陽介も戸惑い、少し笑った。

「あっ、救護の人来ました! 」
「森山さん、行ってください! 」

「ありがとう……何か俺も元気出たわ」

ウエストポーチからAirPodsを取り出し、そっと耳に装着する。
流れてきたのは、ケツメイシの『友よ』
沁みる。まっすぐ胸に。

深く息を吸い込む。そして、走り出す。

再び、仲間の待つゴールへ向かって——。

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