【小説】『ココロ走る』第二章:交わる足跡編 第20話 みやけマラソン 森山編
さあ、私の番だ!
準備はしてきたつもりだ。
久しぶりの10キロのマラソンだ!
絶対止まらない。走り切る。
1秒でも前の自分より速く。
それだけでいい。
オークリーのサングラスをセットし、
Garminのスタートを押した。
ゆっくりのペースから最後あげていく。
1キロ6分でいい。無理はしない。
幸い今回はペーサーがいてるので、
1キロ6分のペーサーの後ろを走った。
コースは陽介の走った3キロとは違い、
町の中、住宅地と川沿いを走る。
農道も走るためコースが狭いところも多い。
坂は少ないが、何ヶ所かあった。
「大した坂じゃない」と聞いていた。
確かに高低差はない。けれど、普段から坂道のトレーニングをしていない脚には、ちょっとした段差やカーブの傾斜がボディブローのように効いてくる。2キロ3キロと順調で、驚くほど身体が軽かった。
5キロで一旦本部前に戻り同じコースをもう一周走る。ということは、もう一回何箇所かある坂を越えなければならない。「キツい」と思ったが、闘志は萎えない。
———しかし、マラソンや練習を通して、初めての経験が押し寄せる。7キロを過ぎたあたりで、右足の裏にじんわり痺れが出てきたのだ。足のつま先が軽く上に跳ねるような感覚。
「これ、ヤバいやつ? 」と頭のどこかで冷静に思う自分もいたが、「ここで止まったら全部終わり」と必死に走り続ける自分もいた。根本的な解決は止まらないと分からない。
混乱する中、痺れは治るどころか、どんどん感覚がなくなってくる。この痺れやばいやつ?
こんなん今までにない。走れなくなる?
一瞬、ランナー人生終わり?とまで考えた。
私は元来大袈裟だ。
しかし…
「止まりたくない!」
ペースを落とし、足をかばいながらの走行になる。
そんなとき、沿道の声援が聞こえた。
「頑張れーー」
「ファイトーー」
エコマラソンのときに感じた温かいものがまた胸に込み上げてきた。三宅町も温かい。
川沿いのランから一旦橋を渡ると、
住宅街に入った。曲がり角が多い。
ほぼ直角に曲がるカーブに差しかかった。
私の真正面に一軒家が見える。その門の前に、笑顔の可愛い90歳以上かと思われるおばあちゃんが立っていた。まるで私に何か言うためそこにいたように立っていた。そして、辛そうな私に「頑張りんさーい」とふわっと、包み込むように優しく声をかけてくれた。私は思わず一瞬足を止めて、深々とお辞儀した。
足の痺れのためか。片足を引き摺るようにしか走れない。ペースも6分台を何とかキープしてる感じだ。
しばらく走ると後2キロとの表示。
と、突然少し距離合わせのために走る三宅町のグランド前で、
「森山さ〜ん!頑張ってください」
「森山さ〜ん後少しですよ」
「ファイトファイト! 森山さん」
「えっ? 知り合い? 」
と思ったが、三宅マラソンの運営スタッフだった。驚いた! 小さい大会なので、私のゼッケンの番号を見て、名簿から名前拾って呼んでくれていたのだ。何という心遣い。おそらく全員のランナーにしてるものと思われた。
おばあちゃん、運営スタッフの方、沿道の応援に後押しされたのか、幾分足の痺れが消えてきた。いや、消えてきたように思えた。
完全には消えてない。
でも、まだ走れる。
まだ——いける。
残り2キロ。はってでもゴールする。
痺れも消えた。ペースを戻す。
いや、残り2キロ。
———今できる自分の最高の走りをする
陽介に笑われたくない。陽介はしっかり最後まで真っ赤な顔して走り切った。私も絶対走り切る。そして、ペースを上げた。
地面を強く蹴り、腕を大きく振った。
いつもより心臓の鼓動が速い。呼吸が速い。
ゴール地点でみんなが待ってる。
ゴールへ、ゴールへ。
もう、待ってる皆が見える。
「森山さーーん、ラストーー」
「パパーーー、頑張れーー」
みんなの声援が聞こえた!ラストスパートだ!
ゴーーーール!
私も陽介のように倒れ込んだ。
呼吸が整わない。本当は歩いた方がいい。
わかってる。
でも、そのまま仰向けになって、
三宅町の空を眺めた。
どこまでも青く高い空。
ゴールして見えるのは気持ちいい景色だった。
タイムは1時間7分だった。前より10分遅い。
思った以上の坂道、足の痺れ、最後のラストスパート、色んな想いが交錯した。全て三宅町の青い空に吸い込まれた。
———何より、走り切れた。
自分なりのこのレースでのベストだ。
胸を張ろう!
木下が「完走お疲れっす、でも色々言いたいことありますよ!」
「まず、一つ目が……」と言おうとした瞬間。
「お前は黙れ!」と陽介が木下にヘッドロック。
陽介は私にイタズラっぽい顔して目配せし、
「森山さん!最高でした。お疲れ様でした」
「今日はありがとうございました。走って良かったです。」
とだけ言って、ヘッドロックした木下を連れて去って行った。
向こうの方から
「痛い!痛いっす、伊藤さん!ギブギブ」
という声がこだました。
私は47歳ランナー。
20代や30代のランナーと付き合うのは骨が折れそうだ。
「本当にお疲れさま」
と明美が優しい笑顔でスポーツタオルを渡してくれた。
帰りの車でおばあちゃんのこと、運営スタッフの気遣い、足が痺れたことなどを伝えたら、明美は「すごく人が温かいわね。この町の大会出たいわ」と言った。デビューはいつになるかわからないが、一緒に走れたら最高だ。私も来年も出場する。10キロ走る。
帰りの車で、「ランニング 足の痺れ」とSiriで調べて、よくあることとあったので、ホッとした。
