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【小説】『ココロ走る』第5話|止まった社会で、私は少し前に進んだ

 会社は、止まったままだった。
営業も会議も対面が基本。
紙、印鑑、FAX。
昭和から変わっていない空気が、社内に重く流れていた。

緊急事態宣言が延長されたころ、
部長会議に一通の提案書を出した。

タイトルは――
「非接触型・無人接客対応とオンライン商談の導入について」

誰もが黙った。
私が、そんなものを出してくると思ってなかったからだ。アナログを絵に描いた私は自宅待機中にMacBook、iPadをネットで購入し、YouTubeのコンテンツを漁り、オンラインによる不動産売買の研究をし尽くした。明美にもオンライン商談のやり方を手伝ってもらった。
心が折れて会社を休んでいた中間管理職が、
いつの間にか、動いていたのだ。

歩くことで少しずつ回復していた私には見えていた。

「今こそ私も会社も変わるチャンス」
「変わらなければ、このまま私も会社も潰れる」
そう思った。

会議は二転三転した。
今年46歳になる私と同世代以上のベテラン社員はオンライン商談の仕組みが理解ができない。
しかし、若手や現場からは驚くほど反応が良かった。

ZOOMでの商談を導入し、
鍵付きのモデルルームにタブレットを設置し、
遠隔で接客ができる仕組みを整えた。

営業が、少しずつ動き出した。

自宅の一角で、僕はパソコンを開き、毎朝データを整理し、進捗をChatWorkで共有し、遠隔で後輩をサポートした。

「なんか……元気になってません? 」
部下の伊藤陽介が、チャットでそう送ってきた。
陽介は入社10年目。誰にでも好かれる柔らかな笑顔と、気配りのできる性格で、社内でも信頼が厚い。

実はその通りだった。
薬の量はまだ多いけれど、
血圧は下がり、夜も少しは眠れるようになっていた。

会社に行ける日数も増えていた。
体調も、少しずつ、戻りはじめていた。

止まった社会で、私は少し前に進んでいた。

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