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【小説】『ココロ走る』第6話|走り出す朝
「おお、顔色いいなぁ。血圧も下がってきてますね」
1ヶ月ぶりの中村先生だ。
町の診療所にいる、あの優しい先生の声を聞くと、不思議と安心する。
私の回復を、本当に喜んでくれているのが伝わってくる。
「なにか、いいことありましたか? 」
少し照れながら、私は答えた。
言いたいことはたくさんあった。家族のこと、会社のこと──どれも「いいこと」と言われたら、正直、そうじゃないかもしれない。
長く話すのも悪いと思って、思わず口をついて出たのが、
「……歩いてます」
「毎日、1時間くらい。大阪城のまわりを」
という言葉だった。
中村先生は大きく頷いた。
「それはいい。運動は心にも血管にも効く」
「顔色もいいし、体力もある。欲を言えば……もうちょっと動いてもいいですね」
そのひと言が、私の背中を押した。
⸻
次の日。
いつもの道、いつもの時間、いつもの靴。
大阪城の外周を歩きながら、私はふと足を止めた。
そして、ほんの少しだけ——走り出した。
苦しかった。
息が切れる。
脇腹が痛い。
昔みたいにスピードは出ないし、足も重い。
でも──
気持ちよかった。
空気を切っていく感覚。
足の裏が地面を蹴る感触。
誰もいない朝の道を、自分だけが駆けている。
「生きてるな……」と、思った。
⸻
1kmも走れなかったけれど、
私は、確かに前よりも元気だった。
この日から、歩くのではなく、
走ることが、私の習慣になった。
