【小説】『ココロ走る』第二章:交わる足跡編 第26話 走ることをやめた、陽介
コロナ禍で予定していたリレーマラソンが延期になっても、私たちは歩みを止めなかった。
チームだけのリレー大会を走りきり、ひたすらタスキを繋いだ21周。
————
明けて、6月6日月曜日、出社した面々はなぜかニヤニヤ、顔を合わせると照れ臭い。
お互いに挨拶もなぜかよそよそしくて、
「おはよう…」
付き合いたての社内恋愛カップルみたいだ。
1時間45分36秒
これがハーフリレーマラソンのKRTのタイムだ。3周目皆バテてたがそれでも、頑張った。誇らしいタイムだ。普段はおちょける水嶋までが、照れくさそうにチームメンバー以外と話していた。
リレーマラソン完走は、宝物を見つけたように、我々の不文律となってしまった。誰が口にするかはもちろん…
少し遅れて出社した…陽介
「おはようございます! 昨日はすごかったですね」「感動しましたよ! 森山さん」
———流石だ
「みんな頑張ったな」
「2時間切れるって思ってなかったわ」
と私が言うと、チームの皆が私のデスクに集まり、溢れるように話し出した。
「めっちゃ、頑張りましたよね! 」と桐谷
「伊藤さん、3周目バテバテでしたやん? 」
と松田
「このやろ、言わしておけば! 」と陽介が松田をヘッドロック!
「やめてくださいって! 暴れたらダメですって! 」と桐谷。いつも止めてくれる。
「でも、まだ伸びしろありますよ。俺たち」
「ビシビシ鍛えますよ! 」とキャプテンの聡太が言った。
———
2022年も下半期にさしかかり、暑い夏が過ぎようとしていた。
練習は週2回になり、無理ない程度になった。
走れるメンバーは集まって走った。
大体3人から5人が参加して、入れ替わり誰
かが休む感じだった。
1人を除いては……
この3ヶ月間、陽介はほとんど来ていない。
そして、陽介から『相談があります』と短いLINEが入った。
9月16日金曜日の夜、月が綺麗な夜だった。緊急事態宣言も明けていたので、飲みに行こうと誘った。2人でいつも使う店だ。チェーン店でもなく気さくな店主と美味しい魚が出る店だ。
短いLINEから察して、酔わないと聞ける話ではなさそうなので、かけつけ三杯の勢いで飲んだ。いつもと違い、味があまりしない。私はお酒が大好きで、ほぼ毎日欠かしたことがない。しかし、今日のお酒は美味しくなりそうにない。
陽介も飲んだ。私に合わせて。
つまみがぼちぼち揃った頃、陽介が
「……辞めようかと思ってます」と言った。
———やっぱり
と内心思ったが、ありきたりの台詞で様子をみることにした。
「えっ! また、なんでや? 何があった? 」
「森山さん、分かってたでしょ? 白々しいですよ」
「うん、分かってた。走りに来ない時点で、
陽介の様子が大分前からおかしいって」
「最初は忙しすぎて走れなかったんですけど、だんだん、もういいか……って」
私は否定も肯定もせず、話を聞いた。
「走るのは置いといて、仕事はどんな感じなん? 陽介」
「いくら上に言っても、人は入れない」
「また、緊急事態宣言が出たら会社が止まって、給料だけ出ていくからだって……」
———なるほど、不動産売買部門のエース陽介が擦り減ってしまっている。
「で、引き抜きか……」
「えっ、何で知ってるんですか? 」
「何年この業界におると思ってるねん? 」
「待遇今の倍か? 」
「そこまでは言ってきてないですけど……インセンティブがもっと明確で、休日も融通ききそうです」
「……なるほどな、理由わかってスッキリしたわ」
私は残っていたグラスの酒を一気に飲み干した。
「辞めるのは止めへん。でも一つだけ言わせてや」
「……はい」
「KRTのこと、嫌になってたわけじゃないやろ? 」
「……そんなわけないです。むしろ、すごく大事に思ってました」
「じゃあ、最後に走ってくれへんか。お前の本気の走り、俺はもう一度見たい」
陽介は黙って、氷が溶けかけたグラスを見つめた。
「……和歌山、行きます」
「え? 」
「走って、スッキリしてから辞めます。それでもう、ちゃんと頭の整理つけたいんで」
———やっぱり、こいつは逃げへん。
そう思った私は、ただ黙ってうなずいた。
陽介と走る、最初で最後のマラソンが始まる。
——和歌山ジャズマラソンへ。
