レモン、レモン、レモン
子どもの頃からレモンが好きだった。
レモンシャーベットにレモンケーキ。かき氷はいつもレモン味をねだった。
小学校の帰り道、先生に叱られて泣きべそで歩いていたら、庭先から見事なレモンの木が見えた。「どうしたの、たくさん取れたからあげましょうか。」品のよさそうなおばあちゃんが差し出したレモン3個。
大事に抱えて家に帰った。
母がそのレモンでレモンティーを入れてくれた。
初めてのレモンティー。お砂糖で甘くしてあってとてもおいしかった。少しお姉さんになった気分。涙はすっかり引っ込んだ。
大人になってからもレモン好きは続き、レモネードやウィークエンドシトロンやレモンのお菓子を自分で作った。料理にはレモン汁をひとたし。
お酒は飲めないから、レモンサワーは未知の味だったけど、付き合った彼は偶然レモンサワー好き。
初めて飲みに行ったときは迷わずレモンサワーを選んでいて、嬉しくなった。
結婚して、インテリアはレモン柄のカーテンにレモン柄のエプロンにテーブルクロス。
お茶の時間はレモンティー。
文句を言わない夫は優しい。
そして、ついに小さな庭にレモンの木を植えた。苗木が育って数年経って、実がつく頃にアゲハの幼虫が若葉をおいしそうにムシャムシャ。葉っぱと同じ若葉色のぷっくり太った幼虫。
レモンの葉を食べられたのに、何だか憎めない。「あなたもレモンが好きなの。」
毎朝、大きくなっていく幼虫を見守っていつの間にか蝶になる日を楽しみにしている。
でも、突然大きな鳥がやってきて幼虫は食べられてしまった。
レモンの天敵はいなくなったけど、何だか寂しい。
そんな頃、私のお腹に赤ちゃんがやって来た。
レモン料理をたくさん食べて赤ちゃんの誕生を待った。
レモンの実がなる頃、元気な男の子が産まれた。
そして、息子は庭になるレモンの実を握りしめて遊んでいる。レモン柄のスタイをつけて。
おおきくなったら、毎年レモンのお菓子を作ってあげるね。
そう言ったら、赤ちゃんはレモンを齧った人みたいな顔をした。
小学校の運動会。特製レモネードのおかげで息子は1等賞。
中学以降は部活にレモンの輪切りのハチミツ漬けを持たせた。
息子はレモンのように爽やかな青年に育った。
そしてレモンの季節にお嫁さんを連れてきた。
2人の新婚旅行先は地中海。レモンの産地シチリア島。レモン畑で幸せそうに笑う2人の絵はがきが送られてきた。
子どもが巣立って、夫と2人。
レモン柄のカーテンもテーブルクロスも古くなり、無地のものに変わった。
エプロンは最近、夫も使うからデニム生地。
ついに夫はレモンメレンゲパイに挑戦し始めた。素人にしてはなかなか上手い。
2人の生活もシンプルで悪くない。たまに退屈だけど。
庭のレモンの木は立派な木に育った。毎年、レモンの実をたくさんつけて近所に配っても余るくらいになった。
ある日、レモンの実を収穫していたら、下校途中の小学生が泣きべそをかいて歩いてきた。
「どうしたの、たくさん取れたからあげましょうか。」
女の子は少しびっくりした顔をしたけど、嬉しそうにニコッと笑った。
(おわり)
