スターアップクロニクル23 ふりだしに戻る?
りつこが他の男といる現場に出くわしたのは、偶然ではない気がする。
ビルを出る際、何気なく入口にあるガラス張りのカフェを覗いたら――これは、いつかの、あの、光景?
鋼刃の直感がそう告げる。
細部は異なるが、状況はほぼ同じ。間違いない。
あの二人はもともと知り合いだったのだろうか。それとも俺が知らなかっただけなのか。
男の手がりつこの顎を持ち上げると、りつこの目はうっとりとしていた。
鋼刃は唇を噛んだ。問い詰めようかという気も萎えていく。
しかし、以前と異なるのは、隣に霧野カスミがいることだ。
「ま、まさか――」
カスミの声がかすかに震えていた。
「知ってるのか?」
「バァル・グイツよ。私が倒したはずなのに」
そのグイツがりつこに覆いかぶさろうとした瞬間、二人は駆け出していた。
「鋼刃、護衛が二人いる。そいつらは私に任せて!」
「わかった!」
入口付近に立っていた屈強な男たちを、カスミはいとも簡単になぎ倒す。異変を感じさせる暇を与えぬ神速の攻撃だ。手加減抜き、本気のカスミの恐ろしさを垣間見る。
「凄すぎるよ、あんた」
鋼刃はカスミのサムズアップを横目に、りつこのいる席に向かった。その間にも必死に記憶を掘り起こす。
俺はあのとき、一歩も動けなかった。りつこに振られたと思い込み、ショックで……。
そのとき――突然、見覚えのある背中が鋼刃とグイツの間に割って入った。
「りつこ。学生がこんなところで、ふしだらなことをしてはダメよ」
と、言いながらグイツの頭部を握りしめ、軽々と持ち上げた。
「だ、誰だおまえは!」
グイツの問いかけをまるっきり無視し、ラン先生は床へ思い切り叩きつけた。
「ラ、ラン先生!」
鋼刃は目を丸くした。
正気を取り戻したりつこと目が合う。鋼刃のよく知る活力に満ちた澄んだ瞳がそこにある。
「りつこ!」
嬉しさのあまり、思わず抱きしめようとした鋼刃だったが、ラン先生に制せられた。
「とりあえず表に出なさい」
次いで、大きくため息を漏らし
「いったいどうすればいいのかしら?」
と、誰にともなく訊く。
「鋼刃。こいつは誰だ?」
カスミの問いに、ラン先生が直に答えた。
「答えてもしょうがないけど、今回のあなたの登場は興味深いわね。次回に期待が持てるわ」
カスミは当然ながら、鋼刃、りつこも首を傾げるしかない。
バァル・グイツが起きかけたので、ラン先生はもう一発きついパンチを浴びせ、当分立てないようなダメージを食らわせた。
「気持ち悪い男ね」
ともあれ、四人はカフェを出た。
「あと二分」
「何がですか?」
「鋼刃。前にも言ったけど、あなたとりつこが世界を救うの。いい?」
ラン先生の真剣なまなざしをしかと受け、鋼刃は悟った。思い出した。これから起こる惨事を。
「ま、まさか、また?」
「たぶん、次がラストチャンス。がんばってね」
鋼刃に初めて見せる優しく、そして悲し気な微笑みだった。
次いでカスミを見遣り
「どうか、この子たちの支えになってあげて。あなたがいれば、きっと心強いから」
「そ、そのつもりでいるけど、私にはなんのことやらさっぱり……」
「今はいいの。忘れないでいてくれれば」
言いながら、ラン先生は上空を指さした。
指先の遥か彼方に浮かんでいた物体を見て、鋼刃たちは仰天した。
漆黒の巨大な円盤が、世界の上にのしかかるように浮かんでいたからだ。その円盤はすでに低空にまで降りてきている。
比類なき巨大な円盤は黒雲からぬうっと姿を現しつつあった。こんな物体は見たことがない。
いつ果てるともなく、延々と雲からせり出してくる。
いったいどれほどの大きさなのか、皆目見当もつかない。
「怖い」
震えるりつこの肩を抱きしめる。
街を覆いつくす直径数十キロの巨大な影は、青空を消した。
円盤の中央が開くと、眼球が現れた。
鋼刃たちは完全に圧倒され、言葉すら失った。
とてつもなく巨大な眼球が人々を見下ろし、無慈悲な輝きを帯びていた。
(前にも見たことがある――)
ラン先生が強い口調で語りかける。
「強く目に焼き付けて。記憶を失くさないように。次こそは、りつこと完全なる和合を目指すのよ」
常軌を逸した大きさと血走ったまなこに、見上げていた市民は肝をつぶし、腰を抜かし、悲鳴を上げ、どこへ逃げていいのかもわからずに逃げ惑った。
やがて、数本の光の柱が静かに地上に降りてきた。
鋼刃たちは眼球から膨大なエネルギーが増幅している気配を感じていた。
光の柱は数分後には、死の閃光に変わるだろう。「さ、私のそばに寄って。あなたたち三人は守ってあげる」
ラン先生が右掌を上にかざすと同時に、死神の鎌が容赦なく振り下ろされたのだった。
